今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

16 百合子の部屋

「ゆみちゃん、私の部屋に遊びに行こうか?」

お母さん同士でお茶とお茶菓子を頂きながら話に夢中になっていたので、百合子は、ゆみに声をかけた。

「うん」

「それじゃ、こっちにお出で」

ゆみは、百合子に誘われて、一緒にダイニングの部屋を後にした。ダイニングを出ると、すぐのところに2階へ上がる階段があった。階段の裏側の先がトイレとお風呂場になっていた。

「こっちよ」

百合子は、先に階段を上がりながら、ゆみのことを上に誘導した。ものすごく急な角度をした階段だった。ゆみの家の2階へ上がる階段は、もっと緩やかな角度だったので、百合子の家の階段を上がろうとするのは、かなり急こう配で大変だった。

「百合子姉ちゃんのお部屋って2階なの?」

ゆみは、階段を上がって、百合子に後についていきながら、百合子に聞いた。

「うん、そうよ」

「ゆみのお部屋も2階だよ」

「うん、そうだね。祥恵から聞いているから知っているよ。祥恵と同じ部屋なんでしょう」

「うん」

ゆみは答えた。

「百合子の部屋はね、一番手前のこの部屋なの。奥がお兄ちゃんとお姉ちゃんの部屋。3階がお父さんとお母さんの部屋。お兄ちゃんの部屋には、お兄ちゃんいるけど、一番奥のお姉ちゃんの部屋には、今はお姉ちゃんはいないのよ」

百合子は、自分の家の中を、ゆみに案内してくれた。

「お姉ちゃん、いないの?」

「うん。今はイギリスに行っているのよ」

「イギリス?飛行機に乗れなくて、日本に帰ってこれないの?」

「え?」

百合子は、ゆみがニューヨークで生まれてから、身体が弱くて、飛行機に乗って帰ってこれなかったことを思い出して、思わず笑ってしまっていた。

「違うよ。私のお姉ちゃんは、翻訳家になるためにイギリスの大学に留学しているの」

百合子は、ゆみに説明した。

「百合子お姉ちゃんは、お兄ちゃんやお姉ちゃんと同じ部屋じゃないんだね」

「うん、それはそうよ。大きくなったら大概は皆、兄弟とは別々のお部屋になるんじゃないかな。大きくなっても甘えん坊でお姉ちゃんと一緒なのは、ゆみちゃんぐらいかな」

百合子は、ゆみの頭を撫でながら言った。ゆみは、百合子に甘えん坊とか言われて、少し恥ずかしかった。でも、大きくなっても祥恵と別々のお部屋になりたいとは思わなかった。

「百合子お姉ちゃんのベッド大きい!」

ゆみは、百合子の部屋に入って、部屋いっぱいに置かれているベッドに驚いていた。部屋の中央にベッドが置かれていて、その脇に小さめの勉強机が一つ置いてあるだけだった。壁には押入れの扉があった。

「そうかな?ベッドは、そんなに大きくなくて普通サイズなんだけどね。部屋が小さいからベッド以外を置けるスペースが無いのよ」

百合子は、スペースが無いのでベッドの上に腰掛けながら言った。

「いっぱいぬいぐるみがあるね」

ゆみは、ベッドの隣にぴったりくっついて置かれたタンスの上に並べられた動物のぬいぐるみを見て言った。

「ゆみちゃんのお部屋よりも、ぬいぐるみの数少ないけどね」

百合子は、ゆみが部屋いっぱいに動物のぬいぐるみを置いていることを祥恵から聞いていた。

ゆみの部屋は、自分のタンスの上だけでは置ききれず、祥恵のタンスや自分の机、それでも置ききれずに、部屋の床にまで大量の動物のぬいぐるみが置かれていた。その動物のぬいぐるみの間から、美奈ちゃんやまりちゃん、メロディなど本物の犬や猫たちが顔を出したりしているのだ。

「え、百合子お姉ちゃん。どうして、あたしのお部屋のこと知っているの?」

ゆみは、自分の部屋のぬいぐるみたちの様子を思い出しながら、百合子に聞いた。

「祥恵からお部屋の写真いっぱい見せてもらったことあるもの」

「そうなんだ」

ゆみは、百合子の座っているベッドの向こうのタンスを見上げた。そこには、さっき1階の食器棚の上で見かけた白いブタが置かれていた。

「あ、白いブタ!」

ゆみは、思わず白いブタを発見して叫んでしまった。

「あ、そうそう。白いブタさんね」

百合子は、タンスの上に置かれたその白いブタのぬいぐるみを持ち上げながら言った。今度は、百合子にも白いブタの存在がちゃんと見えているらしかった。

「ずっと前にさ、お兄ちゃんがヨーロッパ旅行に行ったとき、お土産で買ってきてくれたブタなのよ」

百合子は、その白いブタのぬいぐるみをベッドの上に置きながら答えた。

「ゆみちゃんは、この白いブタのことをずっと言っていたのか。でも、どうして、このブタが私の部屋にあるってことを知っていたの?」

百合子は、ゆみに聞いた。

「あ、そうか。祥恵から聞いた?あれ、でも祥恵も白いブタについては知らないはずなんだけど、私の部屋にまでは、まだ来たことないはずなんだけどな・・」

百合子は、首を傾げた。

「ううん」

ゆみは、首を横に振った。そして、その白いブタが木の根元の穴にいたことや家の屋根を歩いていたことを、百合子にもう一度説明しようかと思ったが、やめた。

目の前のベッドの上に置かれているのは、ただの白い色をしたブタのぬいぐるみだ。ぬいぐるみが歩いたりするわけないではないか。いくら、百合子よりも年下のゆみでも、そのぐらいは理解できているつもりだった。

「百合子~!百合子っ!」

1階から百合子のことを呼ぶお母さんの声がした。

「は~い!」

百合子は、下に向かって返事した。

「ちょっとお母さんに呼ばれているから下に行ってくるね」

百合子は、部屋に残っているゆみに言うと、1階に降りていった。百合子の部屋に1人になったゆみは、部屋の入り口から下に降りていく百合子の後ろ姿を眺めていた。

「ね、ちょっと・・」

部屋の入り口に立っているゆみの足元、履いているジーンズの裾を誰かが引っ張っていた。ゆみは、足元を見ると、そこには白いブタのぬいぐるみが立っていて、ゆみのジーンズの裾を丸い小さな手で引っ張っていた。

「え!」

ゆみは、思わず白いブタを見つめると、白いブタは慌てて飛び跳ねて、ベッドの上に戻り、そこであぐらをかいて座っていた。

「あなた、今あたしのこと呼んだ・・」

ゆみは、別にぬいぐるみに話しかけるわけではなく、一人言のようにつぶやいた。

「あんたさ、鈍くさいね」

ベッドの上にあぐらをかいでいる白いブタは、ゆみに向かって言った。

「はぁ?」

ゆみは、白いブタのことを睨んだ。それは、生まれつき身体が弱く、体育の授業だってできないけど、初めて会ったブタのぬいぐるみに鈍くさいとか言われる筋合いはなかった。

「もっと察しろよ」

「何を?」

ブタに言われて、思わずゆみは聞き返した。

「ほかの誰もが、俺のことに気づかないんだから、俺はおまえさん以外には誰にも見えていないんだってわかりそうなものだろう、普通は」

白いブタは、ゆみに言った。

「え、他の人には見えないの?百合子お姉ちゃんには見えていたよ」

「アホだね。百合子に見えている俺は、ただのぬいぐるみのブタだよ。俺がちゃんと本物のブタとして見えているのは、おまえだけだよ」

「はあ?あたしだけ?」

「ああ、お前にだけ、俺がちゃんとしたブタとして見えている」

白いブタは、ゆみに断言した。ゆみは、自分で自分のことをちゃんとした本物のブタだと言い張る白いブタのぬいぐるみを上から下へと見直したが、どう見ても白いブタのぬいぐるみはぬいぐるみで、本物のブタには見えなかった。

「ちゃんとしたブタ?」

ゆみは、マジマジとブタの姿を見つめて聞き返してしまった。ゆみにも、その白いブタが本物のブタには見えていないからだ。本物のブタというよりも、ぬいぐるみのブタが動いたり話したりしているようにしか見えていなかった。

「お前ね、ぬいぐるみだって自ら動いたり話したりできれば、それはもう立派な本物のブタになるのは当然だろう」

その白いブタのぬいぐるみに言われたが、ゆみには、まだ目の前のブタの存在が信じられないでいた。

「あ、そうそう。お前さんの名は、ゆみっていうんだろう。俺はブータ先生」

白いブタは、ゆみに自己紹介した。

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