「ゆみちゃん、私の部屋に遊びに行こうか?」
お母さん同士でお茶とお茶菓子を頂きながら話に夢中になっていたので、ゆり子は、ゆみに声をかけた。
「うん」
「それじゃ、こっちにお出で」
ゆみは、ゆり子に誘われて、一緒にダイニングの部屋を後にした。ダイニングを出ると、すぐのところに2階へ上がる階段があった。階段の裏側の先がトイレとお風呂場になっていた。
「こっちよ」
ゆり子は、先に階段を上がりながら、ゆみのことを上に誘導した。
「ゆり子お姉ちゃんのお部屋って2階なの?」
ゆみは、自分も階段を上がりながら、ゆり子に聞いた。
「うん、そうよ」
「ゆみのお部屋も2階だよ」
「うん、そうだね。祥恵から聞いているから知っているよ。祥恵と同じ部屋なんでしょう」
「うん」
ゆみは答えた。
「ゆり子の部屋はね、一番手前のこの部屋なの。奥がお兄ちゃんとお姉ちゃんの部屋。3階がお父さんとお母さんの部屋」
ゆり子は、自分の家の中を案内してくれた。
「ゆり子お姉ちゃんは、お兄ちゃんやお姉ちゃんと同じ部屋じゃないんだね」
「うん、それはそうよ。大きくなったら大概は皆、兄弟とは別々のお部屋になるんじゃないかな。大きくなっても甘えん坊でお姉ちゃんと一緒なのは、ゆみちゃんぐらいなものかな」
ゆり子は、ゆみの頭を撫でながら言った。ゆみは、ゆり子に甘えん坊とか言われて、少し恥ずかしかった。でも、祥恵と別々のお部屋になりたいとは思わなかったが。
「ゆり子お姉ちゃんのベッド大きい!」
ゆみは、ゆり子の部屋に入って、部屋いっぱいに置かれているベッドに驚いていた。
「そうかな?ベッドは、そんなに大きくなくて普通サイズなんだけどね。部屋が小さいからベッド以外を置けるスペースが無いのよ」
ゆり子は、スペースが無いのでベッドの上に腰掛けながら言った。
「いっぱいぬいぐるみがあるね」
ゆみは、ベッドの隣にぴったりくっついて置かれたタンスの上に並べられた動物のぬいぐるみを見て言った。
「ゆみちゃんのお部屋よりも、ぬいぐるみの数少ないけどね」
ゆみの部屋は、自分のタンスの上だけでは置ききれず、祥恵のタンスや自分の机、それでも置ききれずに、部屋の床にまで大量の動物のぬいぐるみが置かれていた。その動物のぬいぐるみの間から、美奈ちゃんやメロディなど本物の犬や猫たちが顔を出したりしているのだ。
「え、ゆり子お姉ちゃん。どうして、あたしのお部屋のこと知っているの?」
ゆみは、自分の部屋のぬいぐるみたちの様子を想像しながら言った。
「祥恵からお部屋の写真いっぱい見せてもらったことあるもの」
「そうなんだ」
ゆみは、ゆり子の座っているベッドの向こうのタンスを見上げた。そこには、さっき1階の食器棚の上で見かけた白いブタが置かれていた。
「あ、白いブタ!」
ゆみは、思わず白いブタを発見して叫んでいた。
「あ、そうそう。白いブタさんね」
ゆり子は、タンスの上に置かれたその白いブタのぬいぐるみを持ち上げながら言った。今度は、ゆり子にも白いブタの存在がちゃんと見えているらしかった。
「ずっと前にさ、お兄ちゃんがヨーロッパ旅行に行ったとき、お土産で買ってきてくれたブタなのよ」
ゆり子は、その白いブタのぬいぐるみをベッドの上に置きながら答えた。
「ゆみちゃんは、この白いブタのことをずっと言っていたのか。でも、どうして、このブタが私の部屋にあるってことを知っていたの?」
ゆり子は、ゆみに聞いた。
「あ、そうか。祥恵から聞いた?あれ、でも祥恵も、私の部屋には、まだ来たことないはずなんだけどな・・」
ゆり子は、首を傾げた。
「ううん」
ゆみは、首を横に振った。その後、その白いブタが木の根元の穴にいたことや家の屋根を歩いていたことを、ゆり子にもう一度説明しようかと思ったが、やめた。
目の前のベッドの上に置かれているのは、ただの白い色をしたブタのぬいぐるみだ。ぬいぐるみが歩いたりするわけないではないか。いくら、ゆり子よりも年下のゆみでも、そのぐらいは理解できているつもりだった。
「ゆり子~!ゆり子っ!」
1階からゆり子のことを呼ぶお母さんの声がした。
「は~い!」
ゆり子は、下に向かって返事した。
「ちょっとお母さんに呼ばれているから下に行ってくるね」
ゆり子は、部屋に残っているゆみに言うと、1階に降りていった。部屋に1人になったゆみは、部屋の入り口から下に降りていくゆり子の姿を眺めていた。
「ね、ちょっと・・」
部屋の入り口に立っているゆみの足元、履いているジーンズの裾を誰かが引っ張っていた。ゆみは、足元を見ると、そこには白いブタが立っていて、ゆみのジーンズの裾を丸い小さな手で引っ張っていた。
「え!」
ゆみは、思わず白いブタを見つめると、白いブタは慌てて飛び跳ねて、ベッドの上に戻り、そこであぐらをかいて座っていた。
「あんた、今あたしのこと呼んだ・・」
ゆみは、別にぬいぐるみに話しかけるわけではなく、一人言のようにつぶやいた。
「あんたさ、鈍くさいね」
ベッドの上にあぐらをかいでいる白いブタは、ゆみに向かって言った。
「はぁ?」
ゆみは、白いブタのことを見つめた。
「もっと察しろよ」
「何を?」
ブタに言われて、思わずゆみは聞き返した。
「ほかの誰もが、俺のことに気づかないんだから、俺はおまえさん以外には誰にも見えていないんだってわかりそうなものだろう、普通は」
白いブタは、ゆみに言った。
「え、他の人には見えないの?ゆり子お姉ちゃんには見えていたよ」
「アホだね。ゆり子に見えている俺は、ただのぬいぐるみのブタだよ。俺がちゃんと本物のブタとして見えているのは、おまえだけだよ」
「はあ?あたしだけ?」
「ああ、お前にだけは、俺がちゃんとしたブタとして見えている」
白いブタは、ゆみに断言した。
「ちゃんとしたブタ?」
ゆみは、マジマジとブタの姿を見つめて聞き返してしまった。ゆみにも、その白いブタが本物のブタには見えていないからだ。本物のブタというよりも、ぬいぐるみのブタが動いたり話したりしているようにしか見えていなかった。
「お前ね、ぬいぐるみだって自ら動いたり話したりできれば、それはもう立派な本物のブタになるのは当然だろう」
その白いブタに言われたが、ゆみには、まだ目の前のブタの存在が信じられないでいた。
「あ、そうそう。お前さんの名は、ゆみっていうんだろう。俺はブータ先生」
白いブタは、ゆみに自己紹介した。
ブタの救世主につづく