横浜

「まだ眠いよ」

ゆみは、お母さんに言った。

「まだ眠かったら、こっちに来て、お母さんが支えてあげるから、ここで寝てもいいわよ」

お母さんは、ヨットのデッキの腰掛けているところから、ゆみに手招きした。ゆみは、お母さんの側に行って、お母さんに寄りかかると眠り始めた。ヨットは、朝早くに三崎漁港を出港して、海上を走っているのだが、お母さんが、ゆみの身体をしっかり抱きかかえてくれているので安心だ。

「もう帰るの?」

「そうよ。横浜のヨットクラブに着いたら、ヨットを片づけて、そのまま東松原の家に帰れるのよ」

「それじゃ、久しぶりに揺れないお家のベッドで寝られるんだね」

「そうね。お母さんなんか、やっと普通にベッドで寝れるから、お家に帰れるのがとっても嬉しいわ」

お母さんは、ゆみに言った。ゆみも、お母さんに頷いていた。頷きながら、今日の出発が早く、朝早かったので、そのままお母さんに寄りかかって眠ってしまっていた。

「ゆみ。特に具合が悪くなることもなかったね」

ヨットの舵を握って、操船している祥恵が、眠っているゆみを見ながら、お母さんに言った。

「え、そうね」

「最近、あんまり具合が悪くなることも減っていない?」

祥恵は、お母さんに言った。以前のゆみだったら、ヨットになんか乗ると、すぐに頭が痛いなどよく具合が悪くなっていた。それどころか、家に普通にいるときでも、ちょくちょく具合が悪くなることが良くあった。それが、ここ最近は、あんまり具合が悪くなることも減っているようだった。

「そうね。だいぶ身体の方も調子が良くなってきて、少しずつ丈夫にはなってきているみたいよ」

「このままだと、9月の尾瀬の旅行も問題なさそうだよね」

祥恵は言った。

「そうね。でも油断は禁物よ。また、尾瀬に行く日が近づいてきたら、行く前に病院に行って、先生に診てもらうつもり」

お母さんは言った。

「懐かしいな。あそこの突端を越えたら、もう横浜港内だな」

お父さんは言った。ヨットは、三崎漁港を出て、横須賀の久里浜発電所の前を通り抜けて、そのまま三浦半島の観音崎灯台の内側に入ろうとしていた。

「あそこを越えたら、もう横浜に到着するの?」

普段、ヨットに乗っていないお母さんが祥恵に聞いた。

「うーん。ほとんど横浜市内には入るけど、ヨットクラブのある磯子までは、まだ到着するのにあと2、3時間ぐらいは掛かるかな」

祥恵は答えた。

「ゆみ。なんかずっと寝ていない」

朝、出発したときにお母さんに寄りかかって眠ってしまったゆみは、未だにお母さんの着ているジャケットの中にくるまって寝ていた。

「きっと、さすがに疲れちゃったのよ」

お母さんは、ゆみの身体を抱きしめながら言った。

「そろそろお昼にしようか」

キャビンの中から菓子パンを出してきたお父さんが言った。今日のお昼ごはんは、ヨットの上で、走りながらの食事となった。

「菓子パンでいいだろう?」

コップに注いだジュースと菓子パンを頬張りながらの操船となった。お母さんも、片手でゆみの身体を支えながら、もう片方の手で菓子パンを食べている。

「ゆみ!お昼だよ。ごはん」

祥恵に呼ばれて、チラッと薄目を開けたゆみだったが、起きることなく、また目をつぶって眠ってしまった。

「ごはん食べないんだ」

祥恵は、その様子を見てつぶやいた。

「いいわよ。後で、またお腹が空いたら食べさせるから」

お母さんは、祥恵に答えた。が、結局ゆみはヨットが横浜のヨットクラブに到着するまで起きることはなかった。

「さあ、帰るわよ」

ヨットが横浜のヨットクラブの所定の場所に仕舞われて、片付けが終わり、皆の荷物をヨットから下ろし終わった後で、ようやくゆみは、お母さんに起こされた。

「今日は家族でクルージングだったんですか?」

「ええ」

お父さんと祥恵は、ヨットクラブの仲間に声をかけられて、話をしていた。

「これ、うちの家内です」

お父さんが、ヨットの仲間にお母さんのことを紹介した。

「お嬢さんもクルージングに行ってきたの?」

さっき起こされたばかりで、まだ目が覚めきっていないゆみは、お父さんのヨットの仲間に声をかけられてもポカンとしていた。

「さっき起きたばかりなもので・・」

お父さんが、ヨット仲間に弁明していた。

「祥ちゃんの従兄弟かなにか・・」

ヨット仲間は、祥恵にゆみのことを聞いた。

「え、うちの妹です」

祥恵は、ヨット仲間に答えていた。

「ああ、そうなの!祥ちゃんって、こんなに小さい妹さんがいたの!?」

祥恵の返事を聞いて、驚いていたヨット仲間だった。祥恵とゆみは5歳違いだったが、ゆみの生まれつき身体が弱く、成長も遅く小さい姿を見て、もっと年下だと思われていたのだろう。祥恵は、初めて自分たち姉妹を見たときに思うことには、もう慣れっこになっていて、大して驚きもせずに答えていた。

「さあ、帰ろう」

クルージングの持って帰る荷物を持ったお父さんは、ヨットクラブの敷地内を出ると、少し離れたところにあるヨットクラブの駐車場に向かって歩き出していた。祥恵やお母さんも、お父さんの後について駐車場まで歩いて行く。ゆみも、お母さんに手を引かれ、駐車場まで歩いているうちに、ようやく目も覚めてきていた。

「これからどうするの?」

「駐車場に停めてあるお父さんの車に乗って、お家に帰るの」

駐車場には、見慣れたお父さんの大きなベンツが停まっていた。お父さんは、トランクを開けると、そこへ持ってきた荷物を順番に入れていく。

「お父さんの車って大きいね」

持ってきた荷物が次々と中に入ってしまったのを見て、ゆみは言った。お母さんの車もベンツだが、お父さんの車よりは断然小さくて、買い物に行ったとき、少し多めに買ってしまうと、すぐにトランクはいっぱいになってしまっていた。

「ゆみも、大学生になって車の免許を取ったら、この車でドライブに行けば良い」

お父さんは、ゆみに言った。

「え、お父さんの車って大きすぎるもの。運転するのこわいよ。お母さんの車だったら、小さいし、ちょっと運転してみたいけど」

ゆみは、お父さんに返事した。

「そうなの」

お母さんは、それを聞いてちょっと嬉しそうだった。

マイホームにつづく