今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

40 お父さんのヨット

「ゆみ、明日はお父さんとヨットに乗りに行かないか?」

ゆみは、お父さんに誘われた。

「ヨット?ヨットなんて乗ったことないもの」

ゆみは、膝の上のブータ先生を撫でながら、お父さんに返事した。

「だから、ヨットに乗りに行くんじゃないか」

「ゆみをヨットに連れて行く気ですか?」

「ああ、どうせ、お姉ちゃんが山に行っている間、どこにも行くところないんだろう」

夏休みだった。祥恵は、明日から学校の清里村への登山に行く日だった。

「危なくないですか?」

「俺がしっかりくっついて見ているから大丈夫だ」

「だから、余計に心配なんですよ・・」

お母さんは、お父さんにそう言った。

「ゆみ、お母さんも一緒に行くから、明日はお父さんのヨットに乗りに行きましょうか・・」

お父さんがヨットに乗りに行く日でも、普段はぜったいにヨットに乗りに行かないお母さんが、ゆみに言った。そして翌日、朝早く清里村に出かける祥恵を送り出した後、ゆみはお父さんの運転する大型ベンツで、横浜に置いてあるお父さんのヨットに行くことになった。

「お母さん、一緒に後ろに乗ろうよ」

「そうね」

ゆみとお母さんは、お父さんの運転する大型ベンツの後部座席に座って、お父さんの運転で横浜に向かった。ゆみの膝には、ブータ先生も乗っていた。

「うわ、きれいな海!」

ゆみは、車の窓から見える景色に感動していた。東松原の自宅を出て、しばらくは東京の建物ばかりが立ち並ぶ都心の中を走っていた車だが、横浜に近づいていくに連れて、景色が開けて、高速道路の上から横浜の青い海が広がっているのが見えてきていた。

「ね、ここが横浜なの?」

「うん、そうだよ」

車を運転しながらお父さんは、ゆみに答えた。

「お父さんのヨットってどこにあるの?」

「あともう少しでマリーナに着くからな。そしたら案内っしてやるよ」

「ゆみ。日焼けすると大変だから、帽子をちゃんと被っておきなさい」

お母さんは、ゆみの頭の上にしっかりツバの広い麦わら帽子を被せた。風で飛ばないように、麦わら帽子の下に付いているストラップのリボンをあごの下で結ぶ。

「ほら、ここがお父さんのヨットを置いているマリーナの駐車場だ」

お父さんが駐車場に車を停めると、3人は車から降りた。生まれつき身体が弱かったゆみだが、車とか乗り物酔いだけは強く、どんなに長時間車に乗っていても、車酔いすることはなかった。

「おはようございます!」

お父さんは、マリーナの職員に挨拶すると、ゆみたちを連れて自分のヨットが置いてある場所に案内した。そこには、30フィート(約9メートル)の白いヨットが置いてあった。ヨットは、船台というヨットを陸上で置いておくための台座に載せられていた。

ピアノのメーカーとしても有名なヤマハ製、国産の30フィートセイリングクルーザーで、船体の中には乗員が生活できるキャビンが付いているヨットだった。白いヨットだといったが、もともと白いヨットだったという方が正しいくらいに、ヨットの船体は薄い灰色にくすんでいた。

「なんか古そうなヨット」

「進水してから、もう30年以上は経っているヨットだからな。進水した頃は、もっと真っ白できれいなヨットだったんだぞ」

お父さんは、ゆみに説明した。

「お父さんは、ヨットの出航準備をしてくるから、ゆみはお母さんと一緒に、クラブハウスの2階に行って、そこのソファにでも座って少し待っていなさい」

そういうと、お父さんは船台に乗っかっている自分のヨットの船体に脚立をかけると、脚立を上がって、ヨットの中に行ってしまった。ゆみは、お母さんと一緒に、お父さんの言っていたクラブハウスの2階に行った。

クラブハウスの2階では、ちょうど職員が掃除をしているところだった。

「ここの部屋を使いますか?暑いですよね、クーラーをつけましょう」

職員は、お母さんとゆみのために部屋のクーラーのスイッチを点けてから、1階の事務室の方に行ってしまった。ゆみは、お母さんと一緒にクラブハウスの部屋、中央付近に置かれていたソファに腰掛けて、お父さんの出航準備が終わるのを待つことになった。

「お父さんが準備しているところが見えるよ」

「本当ね」

クラブハウスの2階には、バルコニーが付いていて、そこからマリーナ内の敷地がぜんぶ見渡させるようになっていた。マリーナに置いてあるヨット何艇かの上では、デッキ上を忙しそうに歩き回って、出航準備している人たちの姿があった。お父さんのヨットの上でも、お父さんがヨットのセイルを引っ張り出したりしながら、出航準備をして居る最中だった。

「お父さーん!」

ゆみは、クラブハウスの2階バルコニーに出て、ヨットのデッキ上で出航準備しているお父さんのことを大声で呼んだ。お父さんは、セイルを広げたりしながら、ゆみの方に向かって、手を振り返してくれていた。

どのヨットの艇上でも作業をしているのは男性ばかりで、クラブハウスの2階バルコニーからお父さんに声をかけていたゆみの甲高い声は、マリーナで目立っていた。

料理の得意なお母さんが2人に言った。

「私、なんかお昼ごはんのお弁当でも買ってきましょうか」

「ああ、頼む」

お父さんからの返事で、お母さんと一緒にゆみは、マリーナ近所のスーパーまで買い物に行った。さっき、車でここへ来たとき、マリーナのすぐ手前のところに、黄色いヤマダ電機と並んでスーパー「相鉄ローゼン」があったのを確認していた。

「お昼は、何かおにぎりとサンドウィッチにでもしましょうか」

「うん」

お父さんのヨットで出航した後、ゆみは、お母さんとお父さんと一緒に海の上で、お昼ごはんのサンドウィッチを食べた。お父さんは、ローゼンで売っていた唐揚げなどのお惣菜とおにぎりを食べていた。

「どうだ、ヨットは楽しいか?」

「うん!」

お父さんに聞かれて、ゆみは大きく頷いていた。

「あっちの方も行ってみたい」

海から見えている街の景色は、ふだん陸上で見ている街と少し変わって見える。ゆみは、ヨットを操船しているお父さんに今度はあっちの灯台に行きたい、次はあの煙突の立っているところとあっちこっちヨットで行かせたので、港のマリーナに戻ってきたときは、もうすっかり周りは暗くなってしまっていた。

「今夜は、あそこのポンツーンに停めよう」

朝、マリーナに来たとき、お父さんのヨットは船台に乗っかって、マリーナ内の陸上、敷地に置かれていた。それをヨットで海に出航するために、マリーナの職員にクレーンでヨットを海上に下ろしてもらった。

そして、ヨットは1日じゅう海の上をあっちこっち行って、帰ってきた後、マリーナの岸壁に取り付けられたポンツーン、浮き船台にロープで舫われた。

「ここに停めたまま帰るの?」

「ああ。いや、帰らないよ。今夜はここで一泊していく」

お父さんは、ゆみに答えた。

「どうせ、お家に帰っても、お姉ちゃんは清里の山でお泊りしているだろう。だから、こちらも今夜は東京のお家には帰らず、ここでヨットの中でお泊りしていこう」

その日の夜、お父さんのヨットのキャビンで、お母さんが作った夕食を食べてから、キャビン前方にある細長いパイプに布が張られたベッドで、ゆみは一晩寝ることとなった。

お父さんのヨットには、キャビン入り口を入ってすぐのところに、小さなキッチンがあった。キッチンといっても、1口のガスレンジが1個と小さなシンクが一つあるだけだった。そこに青い大きなアイスボックスが置かれ、食料品は、その中にアイス、氷を入れて冷蔵庫にしていた。

キャビンの後方にも、左右それぞれにパイプ製のベッドが置かれ、お父さんとお母さんはそれぞれ、そこで寝ることとなった。キャビン後方の部屋は、船の中央の部屋とは特に壁面で仕切られているわけではなかったが、キャビン前方のゆみが寝た部屋には、中央の部屋との間に壁面があって、壁面には扉も付いて仕切られていた。その代わり、ゆみの寝た側の部屋のすぐ隣には、トイレが一緒に付いていた。

ゆみは、初めてお泊りするヨットになんかワクワクしていた。

「どうだ、楽しいだろう?」

ベッドに横になると、ブータ先生がゆみに言った。ゆみは頷いた。

「これが夏休みのサプライズだ」

どうやら、お父さんがゆみたちのことを自分のヨットに招待してくれるのが、夏休み前にブータ先生が言っていたとっておきのサプライズらしかった。

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