ゆみたちの乗る地下シェルターへのエレベーターが地下のシェルターに到着した。
「着いた」
「ゆみ、降りるから、車に乗りましょう」
ゆみとお母さんは、車の助手席に乗り込んだ。お父さんも運転席に乗って、車を発進させる準備をした。エレベーターは、地下に到着して、車の前にある扉が開いた。
「そのまま、前進してください」
エレベーターの扉が開くと、扉の向こう側に立っていた男子職員が、運転席のお父さんに向かって、前進するように誘導する。
お父さんは、車のエンジンをかけ、アクセルを踏むと、車をエレベーターから出した。
「車で避難された方の避難場所は、このまま、この道を20分ぐらい道なりに進んでいった先にあります。そちらの空いている箇所に車をお停めください」
男性職員は、お父さんに案内した。
「ありがとうございます」
お父さんは、男性職員にお礼を言うと、道なりに車を走らせた。
「さっきまで、エレベーターの中にいるときは、電気が点いていて周りは明るかったのに、エレベーターが着いた途端、周りの電気が消えて真っ暗になっちゃったね」
ゆみは、窓から外を見ながら言った。
「本当だな」
運転席のお父さんは、車のライトを点けながら、答えた。
「時間で、地下シェルターの中に人工の昼と夜をつくっているのじゃないかしら」
お母さんは気づいた。
地下シェルターの天井部分が時間によって、明るくなったり、暗くなったりして、地下シェルター内に昼間と夜間をつくり出しているようだった。
今は、まだ完全な夜ではなく、夕刻みたいで周りは薄暗くなっていた。そんな夕刻の中、お父さんは車を進めて、男性職員の言われた避難場所に車を入れた。
「こんばんは」
お父さんが、空いている駐車スペースに車を停めて、ゆみとお母さんは後部座席を倒し、そこで親子3人が今晩寝られるスペースを作っていると、隣りに停めている車の人が、お父さんに声をかけてきた。
「遅いお着きですね」
「ええ、たった今、エレベーターで地下に降りてきたばかりなんですよ」
「あ、そうなんですか。まだ新宿地下街には、ほかにも残っている方いらしゃるのですか?」
「あ、いいえ。たぶん、うちの一家が最後なのじゃないかなと思います」
お父さんたちは、話していた。
「ゆみ、カーテンとかも引こうか」
ゆみは、お母さんに言われ、後部座席の窓にお母さんがかけてあったカーテンを引いて、外から中が見えないように閉めた。
「奥さまですか?」
「ええ、まあ」
お父さんと話していた男性に声をかけられて、お母さんが答えた。
「ここらへんは、けっこう物騒なんですよ。カーテンは、後部座席だけじゃなくて、前の座席の窓も、しっかりかけるようにされた方が良いですよ」
先にここに暮らしている男性は、お母さんにアドバイスした。
「そんなに物騒なんですか?」
「ええ。なんか避難の際に、慌てて何も持って出ずに地下シェルターまで来てしまった方も大勢いるみたいなんですよ。その人たちの中には、自分たちの着るものとか身の回りのものが揃っていない人も多くいて、そういう人の中で、一部の人たちが盗みとか強盗に走ってしまっているみたいで」
「そうなんですか。気をつけないといけないですね」
お母さんだけでなく、お父さんも男性の忠告を素直に受け入れていた。
「あちらに建物が見えますでしょう」
「ええ」
男性に言われた方を、お父さんとお母さんが見ると、そこにはコンクリート製のアパートメントがいくつか建っていた。
「運よくあそこに住めた人たちは、鍵も掛かるし、それぞれの部屋で安全に暮らせているみたいなんですけど。あそこの部屋数には限りがあるので、シェルターに降りてきた全員は、とてもじゃないけど住めないんですよ」
男性が言うアパートメントは、ゆみたちがエレベーターで降りてくるときに眼下に見えたシェルター中央の建物群だろう。
「それで、うちら車で避難してきた一家は、車の中で暮らしているんですけど。着の身着のままで避難してきた人たちなんて、車も無いんでダンボールとかテント暮らしですよ。そういう人たちの中には盗みとか悪の道に走ってしまう人たちもいて」
男性が言った。
「そういう人たちにとっては、うちら車で住んでいる人間は、格好の獲物なんでしょうな」
「なるほど。気をつけるようにします」
お父さんとお母さんは、教えてくれた男性にお礼を言った。
「中にいらしゃるのは娘さんですか?」
「ええ」
「お綺麗そうな娘さんですし、1人歩きとかはさせない方が良いですよ。昼間でも必ず誰か大人と一緒に行動した方がいい」
「なるほど」
ここの地下シェルターは、あまり治安の良くないところなんだろうと、お父さんもお母さんも思った。
「ゆみは、お母さんの側にいつもいるようにしなさいね」
車内に戻ってきたお母さんに甘えているゆみの頭を撫でながら、お母さんは、ゆみに忠告した。
「まあ、ゆみは言われなくても、いつもお母さんにべったりで甘えていそうだけどな」
お母さんに甘えているゆみの姿を見ながら、お父さんは苦笑した。
駐車場の少年につづく