「それでは皆さん、頑張って行ってきてください」
校長先生は、中等部の学生皆の前で、マラソンは体調とかが大事ですから気分が悪くなったらすぐに側にいる救護係に声をかけてください、など走っているときの注意点を述べた後、そう締めくくった。
「それではスタートしますから並んでください」
体育の椎名先生の号令で、生徒たちは皆、狭山湖脇の道路のスタートラインに並んだ。
「位置について、スタート!」
椎名先生は、ピストルを持った手を高く上げてピストルの号砲を鳴らした。それと同時に、生徒たちはスタートラインを抜けて走り出した。
一番前の方には、中等部最年長の9年生たちが多く並んでいたのだが、祥恵も佐藤たちと一緒にちゃっかりその中に混じっていた。そして、9年生たちと一緒に最初の方にスタートを切っていた。
「行ってくるね」
「頑張って」
生徒たちは、担任の先生や救護係の生徒たちに見送られて、笑顔でスタートしていた。
「救護係の人たちは、それぞれ移動の車で担当のところまで移動してください」
放送が流れて、救護の人たちは、マラソンコースの各エリアに設置された水の配布場所に移動していく。ゆみもマラソンは走れないので、救護係になっていた。いつもの体育の授業だと、見学しているのは、かおりもいなくなってしまったし、ゆみ1人だけなのだが今日は救護係で参加しない人たちがこんなにいてくれる。ゆみには、それがちょっと嬉しかった。
「ゆみ君も一緒に行こうか」
ゆみに、そう声をかけてくれたのは、音楽の大友先生だった。大友先生と一緒に4組の田中もいた。
「はい」
ゆみは、大友先生と田中と一緒に途中の水の配布場所までハイエースに乗っていく。
「田中君も走らないの?」
「うん。ちょっと目の調子が良くなくて」
田中は、ゆみに聞かれて答えた。
「先生、今日はあたしと一緒にいてくれるの?」
「そうだね。1組の佐伯先生は、元気に生徒たちと一緒に走りに行ってしまったからね」
大友先生は、答えた。
「佐伯先生、なんか黄色の派手なジャージだった」
「うん、そうだね」
「後ね、塚本先生なんかもっと派手なショッキングピンク色のジャージだったんだよ」
塚本先生とは、英語の女性教師だ。2人とも真新しいジャージ姿で1組の生徒たちと混じってマラソンを完走してくるつもりで張り切っていた。
「確かに、塚本先生のジャージは目にも眩しく鮮やかなジャージだったな。ゆみ君は、さすが女の子ね。人のファッションとかよく見ているな」
大友先生は、ゆみの頭を撫でながら笑顔だった。
ゆみたちの乗ったハイエースは移動して、マラソンコースの途中のエリアで乗っている人間をそれぞれ降ろしていく。3箇所目のエリアに来たとき、
「さあ、降りるぞ」
大友先生に言われて、ゆみも、田中もハイエースから降りた。ここは、ちょうど狭山湖の北側あたりの地点だった。そこには折りたたみの机と椅子が並べられて、その上にテントの屋根がついていた。ここで、ゆみたちは机の上に置かれた水のボトルを走ってきた生徒たちに手渡すのだ。
狭山湖の西武球場前に設置されたスタートラインを走り出した生徒たちは、狭山湖の周りをぐるっと一周してゴールに戻ってくることになっていた。
湖畔の途中、途中のエリアで走っている生徒たちに水を支給する場所が作ってあるのだった。
「ゆみは、ここで先生と一緒に配る水を渡しやすいように区分けよう」
大友先生に言われて、ゆみは水のボトルが置かれた机の前の椅子に腰掛けてボトルの整理をする。田中は、ほかの救護係とともにランナーに渡す水を持って待機している。
「最初のランナーが到着したな」
大友先生が、走ってくるランナー、生徒を見つけて言った。田中が、そのランナーに水の入ったボトルを手渡した。その後、次々とランナーがやって来て、田中たちは走ってくるランナーたちに水を配るので忙しそうだった。ランナーの中には、その前のエリアで水をもらっているのか、ここでは水をもらわずに走っていってしまうランナーもいた。
「あ、お姉ちゃん来た」
ゆみは、走ってくるランナーの中に祥恵の姿を発見して叫んだ。
「ほら、水をあげてくれば」
大友先生が、ゆみに水のボトルを手渡してくれた。ゆみは、先生にもらった水のボトルを持って、走ってくる祥恵のすぐ側まで行って、水のボトルを差し出した。
「ううん」
祥恵は、黙って首を横に振って、水のボトルを受け取ってくれずに走っていってしまった。
「ゆみちゃん、ちょうだい」
祥恵の後ろから走って来た砂糖が、ゆみに水を要求してくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「頑張ってください」
佐藤は、ゆみからもらった水を一口飲むと、そのまま走っていった。
「お姉ちゃんは、もらってくれなかった」
ゆみは、テントの大友先生のところに戻ると告げた。
「きっと、その前のエリアでもらって飲んでいたんだろうな」
大友先生は、ゆみに言ってくれた。
お葬式のあとにつづく