祥恵の進路

「ねえ、ゆみちゃん」

ゆり子のお母さんは、ゆみに言った。

「おばさんのお手伝いしてもらえる?」

「はい」

ゆみは、ゆり子のお母さんにくっついて2階に上がった。祥恵とゆり子が、中等部を卒業後の進路のこととかお話しているので、1人話に加わっていなかったゆみのことを、ゆり子のお母さんは呼んでくれたみたいだった。

「ゆり子お姉ちゃんのお部屋」

ゆり子のお母さんの後にくっついて、2階、ゆり子の部屋に入ると、ゆみはつぶやいた。

「そうね、ゆり子のお部屋ね」

ゆり子のお母さんは、ゆり子のベッドの上に置かれているシーツや毛布をベッドメイクし始めた。ゆみも、反対側の端で、シーツを伸ばしたりお手伝いしていた。

「朝、ゆり子のベッドのシーツとか洗って、そのままになっていたのよ」

ゆり子のお母さんは、ゆみに説明しつつ、ゆり子のベッドメイキングを終えた。

「ゆり子お姉ちゃん、今夜は気持ちよく寝れるね」

「そうね。ふかふかのベッドで・・」

ゆり子のお母さんとゆみがベッドメイクを終えたばかりのベッドの前で話していると、突然そのきれいになったベッドの上に、ブータ先生の姿が現れた。

「ブータ先生!どうしたの?うちにいたんじゃないの?」

「なんだか気持ちよさそうなベッドに誘われてな」

ブータ先生は、そう言うと、今ベッドメイクを終えたばかりのベッドのシーツの上に転がって、両手両足を気持ちよさそうに滑らしている。

「あら、そのブタさんって、もしかして、ゆり子がゆみちゃんに上げたぬいぐるみじゃない?」

ゆり子のお母さんが、ゆみに聞いた。

「えっ」

ゆみは、ベッドの上のブータ先生からゆり子のお母さんに視線を移した。

「あの、もしかして、ゆり子お姉ちゃんのお母さんって、ブータ先生の姿見えているの?」

今度は、ゆみの方が、ゆり子のお母さんに質問した。

「え、ええ。なんかブタのぬいぐるみが動いて、話しているなんて不思議な光景なんだけど」

ゆり子のお母さんが答えた。

「な、なんだ。ゆみ殿だけじゃなかったの?」

ブータ先生は、ゆり子のお母さんの姿に気づいて、慌てたように、ゆみに言った。

「この部屋にいるのは、ゆみ殿だけかと思っていたから、何の警戒もせずに現れてしまったではないか」

ブータ先生は、ゆみに文句を言っている。

「え、それじゃ、今ってブータ先生の姿って、あたし以外にも見えているの?」

「まあ、そうじゃな」

ブータ先生は、ベッドの上で立ち上がると、自分の身体についた埃を払いのける手振りをしていた。

「まあ、見つかってしまっては仕方ない。どうも、初めまして。ブータ先生と申します」

ブータ先生は、ゆり子のお母さんにお辞儀をして挨拶した。

「あ、いえいえ、こちらこそ。ゆり子の母親です。初めまして・・って、あなたは元々ゆり子のお部屋にいらしたブタのぬいぐるみさんですよね」

ゆり子のお母さんは、慌ててエプロンを外すと、ブータ先生に向かってお辞儀をすると、挨拶した。

「まあ、そうですけど。今は、ゆみ殿の部屋で、ゆみ殿のお世話をしているブータ先生です」

「それは、それは。そうでしたか」

ブータ先生は、ゆみの肩の上に飛び乗った。

「ゆみちゃんは、いつもブータ先生とこうやっておしゃべりしていたの?」

「え、ええ。あたしも最初はびっくりしたんだけど、今は普通にブータ先生とおしゃべりしています」

「そうなの、それは寂しくなくて良かったわ」

ゆり子のお母さんは、ゆみに言った。ゆみは、今まで自分にしかブータ先生の行動が見えていなかったので、なんとなく嬉しかった。

「お姉ちゃん!ゆり子お姉ちゃん!」

ゆみは、ブータ先生を肩の上に乗せながら、1階に降りていくと、祥恵に声をかけた。

「ブータ先生も、ゆり子お姉ちゃんのおうちに遊びに来てくれたのよ」

ゆみは、ブータ先生を祥恵たちに見せながら叫んだ。

「って、あんた、またいつの間にブータ先生を連れて来たの?」

祥恵は、ゆみに聞いた。

「でも、ゆみちゃんがブータ先生のことを本当に気に入ってくれていて嬉しいな」

ブータ先生の元の持ち主・ゆり子が、ブータ先生を抱いているゆみの姿を見ながら言った。

「あたしが連れてこなくても、ブータ先生って、ほら、こうして1人でも歩いて来れるんだよ」

ゆみは、ブータ先生のぬいぐるみを抱き上げながら、祥恵たちに話した。しかし、祥恵たちには、ブータ先生の姿は、ただのブタのぬいぐるみにしか見えていないようだった。

「お姉ちゃんたちには見えないの?」

ゆみが話していると、ゆり子のお母さんが、ゆみとブータ先生のことを引っ張って、台所の中に入った。

「どうやら、おばさんとゆみちゃんにしか、ブータ先生の姿は見えていないようね」

ゆり子のお母さんは、ゆみに手伝ってもらいながら、お昼ごはんの野菜を切りながら話していた。

「どうぞ」

切り終わった野菜を、順番にフライパンで炒められるように、ブータ先生が野菜をボウルに取り分けていた。

「ありがとう、ブータ先生」

「なになに、大したことではありません」

ブータ先生は、ゆり子のお母さんに手伝ったことをほめられて謙遜していた。

「ブータ先生って、まだゆり子お姉ちゃんのお母さんにしか見えないのか・・」

ゆみは、少し寂しそうにつぶやいた。

「大丈夫よ、おばさんにだって見えたんだから、そのうちきっと、お姉ちゃんやゆり子にも見えるようになるわよ」

ゆり子のお母さんが、ゆみに言った。

「やっぱり、祥恵は歯医者さんを目指しているんだね」

台所の向こうのリビング・ダイニングでは、ゆり子と祥恵が話していた。

伊豆の旅につづく