「お母さん、お姉ちゃんってすごいんだよ!優勝したんだよ!」
ゆみは、マラソン大会から家に帰ると、すぐにお母さんに報告していた。
「だから、ゆみ。なんで、あんたが走ったわけでも無いのに、そんなお母さんに自慢しているのよ」
祥恵は、ゆみに言った。
「別に良いじゃないね。ゆみちゃんは、お姉ちゃんのことが大好きなんだものね」
「うん」
ゆみは、お母さんに頷いた。
「で、祥恵は優勝だったの」
「え、まあね」
祥恵は、お母さんに素っ気なく答えた。
「なんだか優勝した祥恵よりも、ゆみの方が嬉しそうに報告してくれるんだけど」
お母さんは、素っ気ない態度の祥恵に言った。
「だって、そんな中学生にもなったら、いちいち学校で会ったことなんて、お母さんに報告したりしないよ」
「そうかしら。ゆみなんて、いつもお母さんに報告してくれるけど」
お母さんは、大人びた祥恵の態度にちょっと寂しそうだった。
「はい」
祥恵は、マラソン大会の会場で表彰されたときにもらった表彰状を、お母さんに渡した。
「うわ、すごい!本当に1位って書いてあるじゃない!名前にもちゃんと今井祥恵って書いてあるし」
お母さんは、わざと大げさに喜んでみせてくれた。
「額に飾らなきゃね」
「本当ね」
ゆみが、表彰状を覗きこんで言うと、お母さんも賛成した。
「額なんていいよ。ただの学校のマラソン大会だし」
祥恵は、自分の部屋に上がっていってしまった。
「で、なに?ゆみは今度、合唱祭でピアノを弾くんだって?」
3人の会話を横で聞いていたお父さんが、ゆみに聞いた。
「うん。4組のピアノの担当なの」
「お母さんは、その合唱祭っていうのに見に行くのか?」
「ええ、もちろん」
お母さんは答えた。
「平日か?」
「平日です。木曜日」
お母さんは、お父さんに答えた。
「俺も行こうかな」
お父さんが、ポツリと答えたので、ゆみもお母さんも驚いて、お父さんの顔を見た。
「お父さんも来るの?」
「うん。行ったらだめか?」
「ううん。いいよ!来て!来て!」
ゆみは、お父さんに返事した。
「でも、お父さんはお仕事は大丈夫なの?病院は?」
「そうなんだよな。病院、お休みにしちゃおうか?」
お父さんは、ゆみに言った。
「うーん、どうするかな?明日でも、陽子ちゃんとか衛生士の皆とも相談してみるか」
お父さんは、ゆみから受け取った合唱祭の案内を見ながら悩んでいた。
「本当に、あなたも行きたいんですか?」
お母さんが、お父さんに聞いた。
「え」
お父さんは、お母さんのことを見た。
「ああ、行きたいよ。お母さんなんて、いつもゆみの何かがあるっていうと病院をお休みしているだろう。ゆみは、お父さんにとっても大事な娘なんだけどな。たまには、お父さんも、ゆみの学校に見に行きたいよ」
お父さんはつぶやいた。
「それでしたら、私と半分ずつにしましょう」
お母さんは、お父さんに提案した。
「例えば、私が午前中、病院をお休みして、ゆみの合唱祭を見に行ってお昼までに帰ってきますから、午後は交代で、あなたが病院を休んで、ゆみの合唱祭を見に行ってあげてくださいよ」
「そうか。そういう手もあるか」
お母さんの提案に納得しかかっているお父さんだった。
「ええ、ちょっと待ってよ。お父さんも合唱祭に見に来るの?」
冷蔵庫のお茶を飲みに降りてきた祥恵が、2人の話を聞いて質問した。
「ああ、せっかくゆみがピアノを弾くと言うし、久しぶりに学校見学も良いかなって」
「マジで、お父さんも来るの?」
祥恵は、ちょっと嫌そうだった。
「何を言っているの。お母さんも、お父さんも別に祥恵の学校を見に行くわけじゃないのよ。ゆみの学校を見に行くだけなんですけど」
お母さんは、祥恵に言った。
「でも、ゆみの学校ってことは同じ学年の私の学校でもあるわけじゃない」
「別に、あなたのことは見ませんよ」
親にあまり学校に来てもらいたくない祥恵に考慮して、お母さんは言った。
「いや、俺はどうせゆみの学校に行くのなら、祥恵の合唱祭も見たいけどな」
お父さんは、祥恵に言った。
「ええ、で、何。ゆり子のうちは、お母さんが合唱祭に見に来るんだ」
「そう、そうなのよ」
ゆり子と美和は、学校の昼休みにおしゃべりしていた。
「ゆり子、お母さんが見に来るぐらいなら、まだ良いじゃん」
祥恵は、ゆり子に言った。
「え、なんで?」
「うちなんて、お母さんだけじゃないよ。お父さんも来るんだって」
「マジで?」
「マジ!」
祥恵は、2人に答えた。ゆみが4組で合唱祭のピアノを弾くからと、2人とも合唱祭に来ることを張り切ってしまっていてと説明した。
「そうか」
「それじゃ、ゆみちゃんはお母さんも、お父さんも見に来るって大喜びだね」
「まあね。おかげで、こっちは大迷惑」
祥恵は、首を横に振ってみせた。
9年生の進路につづく