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尾瀬旅行

「ゆみ、良かったわね」

お母さんは、リュックを背負っているゆみに言った。

「お医者さんが特に問題ないですって」

その日の朝は、学校の登山イベントで9年生たちは尾瀬山に出発する日だった。学校の正門前に停まっている数台の大型バスにクラス別で乗りこんで、尾瀬山まで出かける日だった。

「なんともないって、そんな急激に登るのが難しい山でなければ行っても良いって」

「うん!」

ゆみは、嬉しそうにお母さんに買ってもらった登山用の赤い小さなリュックを背中に背負って、玄関で出かける準備していた。靴も、小さいけど、今回の登山のために買ってもらったばかりの一応登山用の靴だった。

「重たくない?」

お母さんは、ゆみの背中に背負っているリュックを持ち上げてあげながら、ゆみに言った。

「うん、大丈夫」

「っていうか、それ。重たくないって言葉は、ゆみじゃなくて私に言って欲しいんだけど・・」

真横で同じく登山に出かける準備をしていた祥恵が、お母さんに言った。祥恵は、ゆみのリュックよりも、遙かに大きい本格的な登山用リュックを背中に背負っていた。

「ゆみのリュックの中身って、ほとんどスカスカなんだけど・・。ゆみの着替えとか荷物も重たいのは皆、私のリュックに入っているんですけど」

祥恵は、苦笑しながら言った。大きなリュックでは、身体の小さいゆみでは重すぎてひっくり返りそうになるので、小さなリュックに申し訳程度のお菓子とちょっとした着替えしか入れていないのだ。その他のゆみの荷物は、みな祥恵のリュックの中に、祥恵の着替えなどと一緒に入っているのだった。

「それは、あなたはお姉ちゃんなのだから・・」

お母さんが姉の祥恵が重たい荷物を持つのは当然とばかりに返事したので、

「はいはい、私が全部持っていきますよ」

祥恵は、お母さんに答えていた。

「祥恵は、その靴は新しいのか?」

「え、これ?」

祥恵は、自分の履いている足元の登山靴を見た。

「ぜんぜん新しくないよ。去年も、一昨年も、登山に行くときに履いていたじゃない」

「そうだったか。その登山靴はしっかりしていて、ずっと長く使えそうな一生ものの登山靴だな」

「そうだね」

7年生の初めて学校で登山に行くというときに、お母さんに買ってもらった有名メーカー製の登山靴だった。

「けっこう、それ高かったのよ。でも、どうしても、その茶色い登山靴が良いって祥恵が言うから」

お母さんは、お父さんに言った。

「はーい!大事に履きます!それじゃ、行ってきます!」

祥恵は、お母さんに言うと、玄関を出た。

「ほら、ゆみちゃんも、ちゃんとお姉ちゃんの後についていかなきゃ」

「はい、行ってきます」

ゆみも、慌てて祥恵の後を追って、玄関を出る。

「お姉ちゃん、待ってよ」

ゆみは、お姉ちゃんの後を追いかけた。

「早くお出で」

「だってリュックが重たいんだもん」

ゆみは、祥恵に言った。

「そんなに重たくないでしょう。私が殆どの荷物を持っているのだから」

「重たいよ」

ゆみに言われて、祥恵はゆみのリュックを持ち上げてみる。リュックを持ち上げたとき一瞬なんて軽い荷物なのと思ってしまった祥恵だったが、この軽さでも、小さいゆみにとっては、けっこう重たく負担が掛かっているのかなと思い直していた。

「もう少し荷物を、お姉ちゃんのリュックの方に移そうか?」

「ううん、大丈夫」

ゆみは、そう言ってリュックを背負い直してから、祥恵の手を握って駅へと歩き出した。本人は、大丈夫と言っていたが、祥恵の目から見ると、まだまだゆみのリュックは、ゆみには重たそうだった。

「ほら、あともうちょっとで駅のホームだから」

祥恵は、井の頭線の東松原駅のホームに入ると、ゆみのことをそこに設置されていたベンチに座らせた。

「ちょっと背中を向けて」

祥恵は、ゆみを後ろに向かせると、背負っているリュックの中を覗きこんで、中の荷物をもう少しだけ取り出して、自分のリュックのほうに移した。

「ほら、電車が来たよ」

駅のホームに入ってきた井の頭線の各駅停車に乗りこんだ。電車の中は、それなりに人がいっぱいで席はどこも空いていなかった。

「お姉ちゃん、すごく荷物が軽い!」

ゆみは、駅から電車に乗ったときの背中の荷物の感想を述べた。

「そうでしょう。そのぐらいならば持てるよね」

「うん!」

ゆみは、祥恵に大きく頷いた。電車は、永福町の駅に到着すると、後からやって来る急行電車の待ち合わせとなった。急行がやって来て、皆が急行に乗り換えてしまうと各駅停車の中はガラガラになった。ゆみたちの下車駅は、井の頭公園駅で急行は停まらないので、急行に乗り換えるわけにはいかなかった。

「荷物も多いし、座ろうか?」

「うん」

祥恵は、ゆみと一緒に空いた席に座った。背中にリュックを背負っているので、席に座っても、リュックがあるので背もたれに寄りかかることはできなかった。

「少しずつまた混んできたね」

高井戸駅を過ぎる辺りから徐々に、電車に乗りこんでくる人の数が増えてきていた。井の頭公園駅の一つ手前の駅、三鷹台駅の駅前には立教女学院が在る。制服で、かわいい赤のチェックのミニスカートを履いた立教の女学生たちがたくさん乗りこんできていた。赤チェックのプリーツスカートに白のソックスがかわいい。

「立教の制服のスカートってかわいいね」

祥恵が、女学生たちの制服を見ながら、ゆみに小声でつぶやいた。

「うん。お姉ちゃんも立教に行きたかった?」

「そうね。っていうか、私が立教に行っていたら、ゆみはどうするのよ?」

「お姉ちゃんと同じ学校に行く」

「立教は、制服でスカートがあるんだよ」

スカートが嫌いなゆみは、祥恵に言われて少し迷っていた。

「あのね、お姉ちゃん。あたし、山に行ったらスカート履くんだ」

「山登りするのにスカート履くの?」

「うん。お母さんがお山用のスカート買ってくれて、お姉ちゃんの荷物の中に入っているはずだもん」

「ああ、山スカートのことね。山スカートはズボンの上に履くやつでしょう」

「うん。でも、スカートはスカートでしょう?」

「まあね」

祥恵は、ゆみに答えた。

「それにしても、あんたって変な子ね。こういった都会ではスカートなんてぜったいに履かないくせに、ほかの誰もスカートを履かないような山の中に行ったら、スカート履くんだ」

「お母さんが下にズボン履くって言ったから、そういうスカートなら履いてみてもいいかなって思ったの」

「そうか。それじゃ、お母さんにお出かけするのにスカート履きなさいって言われたら、都会でも山スカート履けばいいじゃん」

「あ、うん!今度からそうする!」

ゆみは、祥恵に答えた。祥恵は、従兄弟とか親戚の結婚式に、ドレスを着ている自分やお母さんの横で、山スカートを履いて出席しているゆみの姿を思い浮かべて、思わず吹き出しそうになってしまっていた。

大きなバスにつづく

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