ゆみのお母さんの車は、ベンツの小型ハッチバック車で、お母さんが大学生の頃にアルバイトして購入した中古車だった。それを、お母さんはとても大切に乗りつづけているのだった。
「ゆみちゃん、乗って」
お母さんは、車のドアを開けると、ゆみのことを助手席に座らせてくれた。自分は、運転席に座り、運転席からゆみのシートベルトを締めてくれた。
「この車は、ゆみちゃんが大きくなって大学生になって車の免許を取ったら、ゆみちゃんに上げるから、ゆみが運転するのよ」
お母さんは、車を運転しながら、ゆみに言った。
「ゆみ、車の運転できないよ。アクセルに足だって届かないもん」
「大学生になる頃には、大きくなってアクセルにも届くようになるわよ」
「大きくなれるかな?」
ゆみは、自分の小さな姿を見下ろしながらつぶやいた。
「お姉ちゃんは?お姉ちゃんは免許取らないの?」
「お姉ちゃんが免許取ったときは、きっとお父さんがお父さんの車を上げるんじゃないかしら」
お母さんは答えた。
お母さんは、いつもゆみに優しかった。ゆみが何か欲しいって言うと、いつも買ってくれようとしてくれた。ゆみが欲しいと言ったものが少し値段の高いものだったりすると、すぐには買ってくれなくても、そのことをずっと覚えていてくれて、お誕生日とか何かの記念日にあわせて、買ってくれた。中には、ゆみの方が以前買ってくれと言ったことを忘れてしまっているものもあった。
ものだけではなく、髪をブラッシングしてくれるときとかも、短い髪のお姉ちゃんには、ほんの数分だけ髪をとかして終わらせるのに、ゆみの時は、いつまでも何時間でもブラッシングしてくれる。もう既に髪のブラッシングが全て終わっているにも関わらず、いつまでも、ゆみのことを自分の膝の上に抱え、ずっとゆみの髪を撫で、いじっているときもよくあった。
「お母さんって、ゆみには甘いよね」
そんなお母さんの態度を眺めながら、お姉ちゃんは、よく口にしていた。お母さんは、お父さんにも、よくあまりゆみのことを甘やかすなよと叱られていた。
「あなたは、長女、長女と祥恵のことばかりよく面倒みているんだから、次女のゆみの子育てについては、私に任せてちょうだい」
そんなお父さんに、お母さんはよく言い返していた。
「道がぜんぜんわからないよ」
ゆみは、車の窓から外を眺めながら、運転しているお母さんに言った。
「そうね、あなたは、いつもお姉ちゃんと電車でしか学校に行ったことないものね」
お母さんは、車を運転しながら答えた。
学校の体育館につづく