「良かったね。川上たち謝ってくれて」
かおりは、図書室に向かう途中の道で、ゆみに言った。
「うん。2人が近づいてきたとき、またイジメられるのかと思っていて、ちょっと恐かったの」
「ゆみちゃん、恐かったんだ。大丈夫よ、川上ってそんなには悪いやつじゃないから。むしろ普段は、佐藤君とかほかの男の子たちの中では静かなほうで何もできない子だから」
かおりは、ゆみに説明してくれた。
「階段の前に来ちゃったよ」
ゆみは、職員棟の2階にある図書室に上がる階段の前まで、かおりの車椅子を押してきて、そこで立ち止まってしまった。この階段をどうやって車椅子を上げたら良いのかぜんぜんわからなかった。
「あのね、あたしのことを支えて、階段の端の手すりに捕まらせてくれない?」
「わかった」
ゆみは、かおりを車椅子から立たせ、階段のへりの手すりに捕まらせた。かおりは、もう片方の手で、ゆみの身体を掴みながら一歩ずつ足を上げて、階段を上がっていく。ゆみは、かおりと一緒に階段を上まで上がった。
「車椅子どうしよう?」
ゆみは、階段の上から下に置きっぱなしになっている車椅子を見下ろしながら言った。
「ゆみちゃん、悪いんだけど、下まで行って取ってきてもらえない?」
「うん」
ゆみは、階段を下に降りようとして、かおりが自分の身体に捕まっていたことに気づいた。
「かおりちゃん、捕まるものが無くなちゃう」
「あたしは大丈夫。この手すりに捕まっているから」
かおりは、両手で階段の手すりにしっかり捕まって立っていた。
「わかった!急いで車椅子を持ってくるね」
ゆみは、少し急いで階段を降りると、階段の下の車椅子を持ち上げて、階段を上がろうとしていた。かおりが座っていないとはいえ、車椅子は意外に重かった。
「え、重い・・」
背の小さいゆみは、大きな車椅子を持ち上げるのに手こずっていた。
「あの、すみません。手伝ってもらえませんか?」
ゆみは、自分1人ではとても車椅子を上まで持ち上げられないと思ったので、職員室の入り口のところにいた同じクラスの男の子の佐藤に声をかけた。
「あ、どうした?」
すらりと背の高い佐藤は、職員室の前からでも、階段の下にいるゆみの姿に気づいて、ゆみが声をかける前に近づいてきてくれていた。
「これを階段の上まで持っていきたいの」
ゆみは、佐藤に答えた。
「あ、俺たちが持っていてやるよ」
佐藤は、階段の上に立っているかおりにも気づいて、車椅子を一緒にいた体格ががっちりした男の子とともに持ち上げて、階段の上まで上げてくれた。
「これで良いかな」
佐藤は、体格のいい岩本と階段の上まで上げた車椅子に、かおりのことを座らせてから言った。
「どうもありがとうございます」
ゆみは、かおりと一緒に佐藤たちにお礼を言った。
「彼女って、かおりの妹さんなの?」
岩本は、かおりにゆみのことを聞いた。
「え、違うよ。あたしは一人っ子だもん」
「ゆみちゃんは俺たちと同級生だよ。俺と同じ1組のクラス」
佐藤が、岩本に言った。
「同級生?そうなんだ」
岩本は、背の低いゆみのことを見下ろしながら佐藤に言った。
岩本は、佐藤と同じ部活のバスケットボール部の生徒だった。同じ中等部の7年生だけど、佐藤は、ゆみと同じ1組、岩本は4組だった。
バスケットボール部ということで、祥恵と同じ部だけど、祥恵は女子バスケ部で、佐藤たちは男子バスケ部なので全く同じ活動をしているわけではなかった。それでも同じバスケ部ということで、たまには男女混合で練習試合とかをすることもあった。
祥恵は、同じバスケ部だからなのかクラスでも休み時間に佐藤とよくおしゃべりをしていた。美和たちと一緒に、佐藤や岩本とも雑談することが多かった。
ゆみは、佐藤と話すのは初めてだった。
でも、いつも祥恵が佐藤とよく話していたので、自分も一度話してみたいとは思っていたのだった。
「それじゃ、俺たちはもう良いかな」
「はい、ありがとうございました」
佐藤たちは、ゆみたちに言うと、反対側にある階段から下っていくと、その向こうにある体育館に行ってしまった。
「行こうか」
ゆみは、かおりの座っている車椅子を押すと、奥の図書室の中に入っていった。
「あら、ゆみちゃん。久しぶり」
図書室の受付に座っている妙齢の女性に声をかけられた。
「先生、こんにちは」
ゆみも、その女性に挨拶をした。
女性は、図書室担当の先生で野口先生といった。ゆみは、小さい頃から身体が弱く、体育とかなにか見学の授業のときによく図書室で過ごしたりしていたので、野口先生とは小等部の頃よりよく知っていた。
「あら、あなたは?」
「かおりといいます」
かおりは、野口先生に挨拶した。
「ゆみちゃんと同級生?」
「はい。同じクラスです」
「そうなの。ゆみちゃん良い子だから、仲良くしてあげてね」
野口先生は、かおりに言った。
実は、図書室の野口先生は、ゆみが「高校生日記」で通う高等部の担任になる野口先生の奥さんだったのだが、今のゆみには知る由も無かった。
ブータ先生の秘密につづく