三崎へ

「昨日のごはん、美味しかった?」

お母さんは、ゆみに聞いた。ゆみは、小さく頷いていた。

「そう。それなら良かったわ」

お母さんは、言った。

「お母さんは、なんかあんまり食べた気はしなかったわ。なんだか高そうなお料理ばかり次から次へと運ばれていくるものだから」

お母さんは、つぶやいていた。

「あたしも高そうだなとは、思っていたけど・・」

「ね、ちょっと高すぎだったわよね。昨日のお料理は」

ゆみとお母さんは、三崎に移動するヨットのデッキで話していた。

「なんだ、あの程度の料理でドキドキしていたら、将来立派なお嬢様にはなれないぞ」

お父さんが言った。

「別に、立派なお金持ちのお嬢様にはなれそうもないけど、ずっとお父さんのお嬢様なんだから別に良いもん」

「そうか!はは・・」

ゆみの返事に、嬉しそうに笑っているお父さんだった。

「まあ、確かに昨日の料理は、もう一生のうち二度と食べられない料理かもしれないから、昨日はしっかり食べておけって言っただろう」

「しっかりは食べたよ。お母さんと半分こだけど、ちゃんと残さずには食べれたし」

お父さんは、ゆみに言った。

「ならばOKだよ」

お父さんは、ゆみの頭を撫でて言った。

「お姉ちゃんって、あのレストランに前にも行ったことあるのでしょう?」

「うん。2、3回だけだけどね」

ヨットの舵を握って操船しながら、祥恵が答えた。

「一生に一度しか食べられないレストランで・・」

「あら、すごい!あなたのお姉ちゃんは、きっと大金持ちのお嬢様なのね」

お母さんが言った。

「ええ、そんなことないよ」

祥恵は、お母さんに言われて苦笑していた。

「でも、本当にお姉ちゃんはお嬢様かもしれないわよ。学校ではバスケットボールの部活やって、週末は、お父様とヨットにも乗って・・」

お母さんは、祥恵のほうを見てニヤリと笑っていた。

「だから、そんなことないって」

「祥恵は、本当にいろいろ恵まれているわよ。お母さんも、お父さんもなに不自由ないようにしてあげているつもりだし、身体だって丈夫で健康に育っているし・・。祥恵はそういう意味でもお嬢様よ」

お母さんは、祥恵に言った。

「そうかな。じゃさ、お嬢様なんだし、もう少しお小遣いあげてくれないかな」

「何を言っているの。もう十分にあげているでしょう」

お母さんは、調子にのるんじゃないのとばかりに祥恵の頭をコツンとした。

「痛っ。はーい、わかりました」

祥恵は、舌を出してみせた。

「お小遣いあげてって、これ以上もらったら、いったい何に使いたいの?」

「え、部活の帰りとかに、ほかの部員はよく吉祥寺とかでカレー屋とかいろいろなところで食事したりしているのよ」

「へえ、そうなの。でも、あなた、帰り道って吉祥寺じゃないでしょう?井の頭公園駅じゃないの?」

「そうだけど、吉祥寺駅からだって帰れるんだよ。吉祥寺からならば、始発だし急行だって停まるもの」

祥恵は、お母さんに言った。

「あ、そうか!急行なら速いものな」

「そうだよ。急行だといちいち停まらないからすぐに着いちゃうよ」

祥恵は、お父さんに同意して言った。

「そんなものかしらね」

あんまり電車に乗らないお母さんはつぶやいた。

「急行の方が速いんですって」

「うん。でも、急行は東松原は停まらないよ」

ゆみは、お母さんに言われて答えた。

「あ、そうよ。どうせ、東松原駅には急行停まらないわよ」

「そうなんだけど。だから永福町で各駅停車に乗り換えるの」

祥恵は、お母さんに言った。

「あんた、部活のお友だちとカレー食べたら、ゆみはどうするのよ?」

「ゆみだって、一緒にカレー食べれば良いじゃん」

祥恵は答えた。

「ゆみも、カレー食べたいの?」

「ううん。帰りにカレーなんか食べたら、帰ってきてお母さんのごはん食べれなくなちゃうもの」

ゆみは、お母さんに言った。

「そうよね」

「まあ、だから。ゆみがいるから、今は吉祥寺に寄ってカレーを食べたりはできないんだけど・・」

「だったら、お小遣いの値上げもいらないわね」

祥恵は頷いた。そして、その話は終わりになってしまった。

「さあ、もう三崎に到着するな」

お父さんが立ち上がって、フェンダーやもやいロープなどヨットを三崎漁港の岸壁に停泊させる準備をし始めた。

「今日は、ここに泊まるの?」

「そうだよ」

お父さんは、ゆみに答えた。

「今夜は、ここに泊まって、明日の朝になったら、横浜だ」

「へえ、明日は横浜に行くの?」

「うん、横浜。横浜に行くというよりも帰るんだけどな」

お父さんは、ゆみに言った。

「横浜に帰るって?」

ゆみは、お父さんに聞き返した。ゆみたちは、東京の、井の頭線沿線の東松原駅からすぐ近くのところにある歯医者というか、家に住んでいるのだ。横浜には住んでいないはずだ。

「このヨットは、横浜のヨットクラブに置いているだろう。そのいつも置いているヨットクラブに戻るんだよ」

「ふーん、そうなんだ。それじゃ、明日は横浜に泊まるんだよね?」

「え、いや、横浜に戻ったら、別に横浜で泊まらなくても、横浜のヨットクラブに停めているお父さんの車で、東京の家まで帰ればいいだろう」

「え、明日は東京のお家に帰るの?」

「帰るよ。ゆみは帰りたくないのか?」

「そんなことはないけど・・」

ゆみは、お父さんに言われて返事した。

「帰ってどうするの?」

「帰って?帰ったら、普通に自分のベッドで寝れるだろう?」

「ああ、そうか。夏休みの旅行は明日でお終いってことか」

「そう。明日でお終い」

お父さんが笑って言った。

「もっと旅行したいのか?」

「ううん。もうそろそろ疲れたから、お家に帰りたい」

ゆみは答えた。

「そうだな。9月に入ったら、ゆみも学校の登山に行くんだろう?だったら、少しでもお家に帰ったら身体を休めておかないと登山できなくなちゃうぞ」

「うん、そうだね。横浜に行くとか言われたから、夜ごはん、中華街に行くのかなって思っただけ」

ゆみは、お父さんに言った。そして、お父さんのヨットは、三崎漁港の岸壁に停泊した。

うらりにつづく