今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

48 マラソン大会

「ゆみ、行くよ!」

祥恵は、ジャージ姿で家の玄関先に立っていた。

今日は、学校はマラソン大会の日なので、いつもの学校には向かわずに、直接そのままマラソン大会が開催される埼玉の狭山湖に集合だった。

「ゆみ。日差しが強いからちゃんと帽子をかぶっていかなきゃダメよ」

お母さんは、玄関先に出てきたゆみの頭に麦わら帽子を被せながら言った。ゆみは、マラソンは走れないので、会場に行って、笛を吹いたり、マラソン大会の運営をお手伝いするようにと佐伯先生に言われていた。

最近、ゆみはなんだか佐伯先生に色々と面倒をみてもらえるようになっていた。かおりが亡くなって、魂がぽっかりと抜けたような気持ちになってしまったのは、ゆみだけではなく、小等部の頃からすっと面倒をみてきた佐伯先生も同じようで、同級生の中で5歳も年下のゆみのことを、かおりの代わりのように、色々とみてくれるみたいだった。

「お姉ちゃんは?」

「お姉ちゃんも帽子持っているよ」

祥恵は、ジャージの後ろのポケットから野球帽のようなキャップを取り出して、自分の頭に被りながら答えた。

「行ってらしゃい」

お母さんとお父さんに見送られて、2人は家を出て最寄り駅の東松原駅に向かう。いつもならば、そこから井の頭線に乗って井の頭公園駅まで行けば、あとは歩いて学校へ到着できるのだが、今日は途中の井の頭公園駅では降りずにそのまま終点の吉祥寺駅まで行って、そこから中央線に乗換えだった。

「急行来るって」

祥恵は、東松原駅で乗った各駅停車は永福町駅で急行の待ち合わせをしていたが、せっかく永福町の駅で人が空いて、ゆみが座席に座ることができたので急行に乗るのはあきらめることにした。

「ゆみ、迷子にならないように、ちゃんとついてくるのよ」

祥恵は、ゆみの手を握ったまま、吉祥寺駅の井の頭線の改札を抜け、JR線の改札へ入り、そこから狭山方面に向かうオレンジ色の電車に乗った。

「お姉ちゃんって、どうしてそんなすぐに乗る電車がわかったの?」

「え、だって、ちゃんと学校でもらった案内図を見たから」

「あたしなんか、学校の案内図見ても、どの電車だかよくわからない」

ゆみは、祥恵に言った。

「ゆみは、学校の教科書とかに書いてあることは、一度見たらぜったいに忘れないくせに、こういうものを覚えるのは苦手だよね」

祥恵は、ゆみに言った。

ゆみも、別にこういうものを覚えるのが苦手なわけではない。お姉ちゃんが一緒なので、自分で覚えなくても、お姉ちゃんがちゃんと連れていってくれると信じているだけだ。

「学校のお勉強も良いけど、もっとこういう生活に密着したことも、ちゃんと出来るようにならなきゃね」

祥恵は、ゆみに自慢してみせた。

電車は、狭山湖の近くの西武球場の前にある駅に到着した。

「なんか野球場がある!」

ゆみは、駅の脇にある大きな野球場の建物を見つけて叫んだ。

「あ、西武ライオンズの野球場ね。ここは埼玉だから」

祥恵は答えたが、日本の野球のチームに疎いゆみには、西武ライオンズの野球チームが埼玉にゆかりがあるのだかないのだかよくわからなかった。

アメリカの野球ならば、ニューヨークにはメッツとヤンキースという2つのチームがあることもちゃんと知っていた。メッツがお婆ちゃんが好きなチームで、ヤンキースはお爺ちゃんの好きなチームだ。

「お姉ちゃん、綿菓子が売っているよ!」

ゆみは、祥恵の腕の裾を引っ張りながら、駅前の屋台を指さした。

「はい?」

ゆみに腕を引っ張られた女性は、ゆみの顔を覗きこんだ。

「え、あれ、お姉ちゃんじゃない」

ゆみも、その女性の顔を覗きこんで、祥恵だとばかり思っていた人がぜんぜん違う人だったのでびっくりしていた。

「迷子?」

「ううん。大丈夫です」

ゆみは、女性に慌てて返事すると、辺りを見渡した。つい、今さっきまで確実に祥恵と手をつないでいたはずなのだ。そんな遠くにはぐれているわけがない。

「お姉ちゃん!」

ゆみは、周りに呼びかけてみる。

「え、どうしよう?どこにもいない」

ゆみは、祥恵が周りにいないので途方にくれていた。

「どうした?祥恵殿がいないのか?」

ゆみの前にブータ先生の姿が現れた。

「あ、ブータ先生。ちょうど良かった。一緒にお姉ちゃん探して。っていうかお姉ちゃんってどこにいるのかな?」

ゆみは、ブータ先生ならば、魔法か何かで祥恵のいる場所がわかると思っていた。

「そんなこと、突然言われたってわかるわけないだろう。おいらだって、今、東松原の家を出て、おまえさんの横に来たばかりなのだから」

ブータ先生は、ゆみに言った。

ゆみは、そうだった、このブタさんはまるで魔法使いか妖精さんのように、あたしの前に現れるけど、ほかの魔法使いや妖精さんのように何か特別なことが出来るわけではなかったんだと思い直した。

「ゆみ!」

駅の改札口から出てくる麻子に呼び止められた。

「あ、麻子。おはよう」

ゆみは、麻子に挨拶した。

「あのね、お姉ちゃんと一緒に来たんだけど、急にお姉ちゃんがいなくなちゃって」

「そうか。そうだよね、これだけ駅前は大混雑だもの。見失ってしまうよね」

麻子は、ぜんぜん慌てずにゆみに言った。

「別に良いんじゃない。祥恵だって、マラソン大会の会場に向かったんでしょう。だったら会場に行けば、向こうでまた必ず会えるよ」

「あたし、会場がどこらへんかよくわからない」

「大丈夫。あたし、わかるから。一緒に行こう」

麻子は、ゆみと一緒に歩き出した。ゆみも麻子の後についていく。

「あ、ブータ先生も連れてきたんだ」

麻子は、ゆみの腕にいるブータ先生を見て言った。

「え、うん。なんかね、連れて来ちゃった」

ゆみは、麻子に笑顔で答えた。本当は、別に連れてきたわけではなく、ついさっきブータ先生だけ勝手に空中から現れたのだったが。空中からブタのぬいぐるみが現れたなんて誰も信じまい。

「大丈夫だ。祥恵殿は、先にマラソン会場に着いておるよ」

ブータ先生は、ゆみに断言した。そういえば、私と同じように、ブータ先生とおしゃべりできたかおりが、もういないので、私以外にブータ先生と話せる人が誰もいなくなってしまったのでは。

「え、そうなの?どうしてわかるの?」

「え、まあな。妖精だからな、なんでもわかるよ」

ブータ先生は、ゆみにしどろもどろに答えていた。

「ゆみ!どこに行っていたの?」

会場の近くまで行くと、会場の向こうから祥恵が駆け寄ってきた。

「ほら、いたよ」

麻子が、祥恵の姿を見つけてゆみに言った。

「もしかして、麻子が連れてきてくれたの?ごめんね」

「ううん、大丈夫」

麻子は、祥恵に答えた。

「ほらな、いただろう?」

ブータ先生は、自慢げにゆみに言ったが、どう見ても先に祥恵が会場に来ているということを知っていたわけではなくて、麻子と同じように、目的地が会場なのだから、会場に行けば向こうで会えると予想しただけのようだった。

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