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千葉の旅

「さあ、着岸するぞ!」

ヨットが千葉の港の中に入ると、お父さんは言った。祥恵は、着岸準備で忙しそうに船の周りにフェンダー、防舷材を付けたり、ロープを結んだりしている。

「お姉ちゃん、よく上手に結べるね」

ゆみは、慣れた手つきでヨットにロープを結んでいる祥恵に言った。

「ゆみも結び方ぐらい覚えたら?」

「え、大丈夫。あたしは、別にいつもこのヨットに乗っているわけではないから」

ゆみは、祥恵の誘いを丁寧に断っていた。

「ゆみも、毎週お父さんと一緒にヨットに乗りに来てもいいんだぞ」

お父さんは、ゆみに言ったが、お母さんは危険だからと、ゆみがヨットに毎週乗ることには反対の様子だった。

「ここ、どこ?」

ゆみは、ヨットが着岸した港の中を見渡しながら聞いた。

「初めてだとわからないよね。千葉県の保田って町なんだよ」

祥恵が説明してくれた。

町といっても、建物は港の付近に少しあるだけで、建物の後ろには山が広がっていた。町というよりも村かもしれない。

「後で、駅の方に行ってみようか?」

「駅があるの?」

「うん。歩いて10分ぐらいのところにね」

「電車も走っているの?」

「もちろん。駅だからね」

お父さんは、お酒の一升瓶を持って、漁港の事務所に一晩港でお世話になる挨拶をしに出かけた。

「あたしも行く!」

ゆみは、船から下ろしてもらって、犬のメロディと一緒にお父さんについて漁港の事務所に行った。

「なんか、ゆみを一緒に連れて行って良かったよ。漁港のおじさんたちの印象が」

漁港事務所から戻ってきたお父さんは、祥恵に言った。

「そうなの?」

「うん。やっぱり若い女の子を一緒に連れて行くと、漁港のおじさんたちの受けが良いみたいだ」

「そんなものかね」

祥恵は、お父さんに答えた。

「祥恵も、ゆみぐらいにもう少し髪を伸ばして、女の子らしい服を着たら漁港受けが良くなるかもしれないぞ」

お父さんは、着古したデニムにTシャツのショートヘアーの祥恵に言った。

「いい、遠慮しておく。今だって、この髪、暑いのに長くてじゃまだなって思うのに、これ以上長くしたくないよ」

祥恵は、あごのラインに届くか届かないかの長さの自分の髪をいじりながら言った。

「漁港のおじさん、おじいさんにモテても仕方ないしね」

祥恵は答えた。

「お父さん、今日から1週間はヨットはここに泊めるんですか?」

「いや、違うよ。今夜だけここに泊まって、明日の朝は、もう少し南の方にある千葉の港に南下していくつもりだ」

お父さんは、お母さんにクルージングの予定を説明した。

「明日は勝山港に泊まって、明後日は富浦港、そのあとは館山港に泊まってから、横浜に戻るんだよね」

祥恵が、お父さんの予定を補足した。

「お父さん、駅の方に行かないの?」

ヨットの上でなく港の岸壁でメロディと一緒に遊んでいたゆみが、お父さんに声をかけた。普段、ヨットになんか乗ったことないゆみにとっては、ほんの数時間ヨットに乗ってきただけでも、揺れていない岸壁に上がるとホッと出来た。

ヨットからここ千葉の港に上がったばかりのときは、陸上であるはずの港の岸壁の上に立っていても、しばらく身体が揺れて感じていたのだ。

「なに、お姉さん。まだ身体が揺れているのか?」

さっき、漁港の事務所に行ったとき、事務所にいたおじさんたちに、陸上にいるのにまだ身体が揺れていたゆみは笑われてしまっていた。

「おじさんたちは船には乗らないの?」

「乗るよ。毎日、漁船に乗って魚を捕りに出かけているよ。おじさんたちは身体が慣れてしまっているからね、船に乗ってもぜんぜん揺れてる感覚はないね」

漁港のおじさんたちは、そうゆみに話していた。

「ああ、駅に行ってみようか」

お父さんが、ゆみに返事をして、お母さんや祥恵とヨットを下りると、4人と1匹は駅に向かって歩いて行く。美奈ちゃんたち猫は、ヨットでお留守番だ。

「あ、線路だ!」

ゆみは、漁港を出たところの道路をまっすぐ歩いて行くと、少し大きな道路に出た。その少し大きい道路に沿うように線路が敷かれていた。

「ほら、この線路の先のあそこに、駅が見えるだろう」

お父さんが指さす方向に、小さな駅舎の建物があった。その駅舎を目指して、4人が歩いていると、後ろから電車が来て、4人を追い抜いていった。紺色にベージュのラインの入った電車だ。

「横須賀線?」

ゆみは、車体の配色をみてつぶやいた。

「横須賀線に見えるよね。総武線。千葉の内房をずっと走っている電車」

祥恵が言った。

駅舎までたどり着くと、駅舎の中に入ってみる。都会の駅と違って、こじんまりしていて、駅舎の中には1個だけ切符の販売機が置かれていた。電車が駅に停まっているとき以外は、特に用事も無いらしく、駅舎の事務室には常にカーテンが掛かっており閉められていた。

「誰もいないのかと思った」

電車が来たときだけ、事務室のカーテンが開いて、中から暇そうにしている駅員さんが1人出てきていた。この駅で降りる人は殆どいないらしく、電車が停まって、出発するのを見送ると、駅員さんはまたカーテンを閉めて奥に引っ込んでしまう。

「さあ、ヨットに帰ろうか」

特に駅前には何も無いので、お父さんは皆に言った。

「民宿があるわね」

お母さんは、駅前にある民宿を見つけて中に入っていく。

「一部屋なら空きがあるみたいなの」

民宿から出てくると、お母さんはお父さんに言った。お母さんは、ヨットの中で泊まるのが好きでないらしく、今夜は民宿に泊まると言った。

「祥恵はヨットに泊まるんでしょう?ゆみはどうするの?」

ゆみは、お母さんに聞かれて少し迷ったが、お母さんが民宿に泊まるのならと、民宿に泊まることにした。

民宿につづく

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