「何を言い出すかと思ったら、お前は」
お父さんは、井の頭公園に行きたいと突然言い出したゆみに言った。
「そんなところ行っている時間なんかないでしょう。緊急事態なんだよ」
お姉ちゃんも、ゆみに言った。
「でも、行きたいの!」
ゆみは、今度はお母さんに言った。
「ゆみちゃんは、どうして井の頭公園に行きたいの?」
「だって、あそこには動物園があるでしょう。あの動物園の動物たちが困っているんじゃないかなって思って。困っているのなら、助けてあげたいの」
ゆみは、必死でお母さんにお願いした。
「仮に困っていたとしても、ゆみが行ったからって、ゆみに動物たちを助けてあげられるわけないでしょう」
お姉ちゃんは、ゆみに反対した。
「でも、何か助けてあげられることがあるかもしれないし」
ゆみは、もう一度お願いした。
「ねえ、行くだけ、井の頭公園に行ってみない?」
今度は、お母さんが、お父さんにお願いした。
「おい!お前まで何を言い出すんだ」
お父さんは、お母さんに怒鳴った。
「別に良いじゃない。井の頭公園に行って、動物の様子を見てくるだけよ。それで、何も助けてあげられそうなことがなかったときには、何もしてあげられないまま、新宿に行くしかないだけよ」
お母さんは、お父さんに言った。そして、
「ゆみも、それで良いでしょう?」
お母さんに聞かれて、ゆみも黙って頷いた。
「はあ?」
お父さんは、お母さんの顔を見た後で、後ろを振り返って、
「祥恵、お前はどう思うんだ?」
お父さんは、お姉ちゃんに聞いた。
「私?うーん、もう知らない」
お姉ちゃんは、お父さんに返事した。
「どうせ、他の家族に比べたら、うちの家族は完全に避難は遅れをとってしまっているのだから、今さら多少遅れたってどうってことないっしょ。ゆみとお母さんが納得するのならば、好きにさせてあげたら?」
お姉ちゃんは、言った。
「わかったよ。井の頭公園に行ってみよう」
お父さんは、車を反転させて、新宿とは逆の吉祥寺方面に走り出させながら言った。
「その代わり、新宿に行くのが遅れたために、車が爆弾に巻き込まれ爆発して、お父さんとお姉ちゃんが死んでしまったら、ゆみとお母さんは、天国で、あのときお父さんの言うことを聞いていたらなって後悔してくれよ」
車は、下北沢の辺りまでは来ていたのに、Uターンして、自宅のある東松原も越えて、高井戸の辺りまで戻ってきてしまった。
そのときだった!車の背後で突然、大爆発する音が響いた。
「なんだ!?」
お父さんは、バックミラーで後方を確認すると、高井戸の少し小高い丘の上に、車を移動させ、そこから背後の爆発音がした方向を眺めた。
ちょうど、東松原から下北沢の少し先辺りのところに、デカい隕石、宇宙人ガミラスの遊星爆弾が落ちて、爆破、燃え広がっていた。
「ねえ、もしかして私たち逆に、あのまま新宿を目指してたら、あのデカい隕石の真下でぺっちゃんこになっていたのかな」
お姉ちゃんは、ぺっちゃんこになっているところを想像して身震いした。
「早く先に行きましょう」
お父さんも、眼下に広がる惨劇にハンドルを持ったまま唖然としていたが、お母さんに言われて、我に返って、また井の頭公園に向けて車を運転し始めた。
そして、車は夕方前には、井の頭公園の動物園のあるところまでたどり着いた。動物園の中からは、人間に置いてきぼりにされた多くの動物たちの甲高いわめき声が響いていた。
「やっぱり、置いてきぼりにされていたんだ」
ゆみは、車を降りると、動物園の動物たちに向かって歩き出した。
「ちょっと、ゆみ!あんたが言ったってどうにもならないんだから、車に戻っておいで」
「ゆみちゃん、戻ってきなさい」
ゆみには、お姉ちゃんとお母さんの戻ってくるようにって声が聞こえていないようだった。ゆみは、黙って動物たちの方に向かって、一歩、一歩と進んでいった。
ワーン!ニャーン!
動物のほうへ歩いていくゆみに、メロディと美奈ちゃんが声をかけた。
「メロディ、美奈ちゃん。車で待っていてね」
ゆみは、それだけ言うと、また動物園の動物たちの方に進みだした。
宇宙船の襲来につづく