お母さんは、自分の愛車、ベンツの小型ハッチバック車を、ゆみとお姉ちゃんが通っている明星学園の正門から中に入れると、学校の職員室の前にある駐車スペースに停めた。ほかにも、駐車スペースはあるのだが、お母さんは、いつもそこに停めていて慣れてしまったせいか、場所が空いていると大概ここに停めていた。
「ゆみちゃん、着いたわよ」
ゆみは、お母さんに言われて、自分でシートベルトを外して車の助手席から降りた。お母さんも運転席から降りていた。ゆみは、お母さんのところに走っていくと、お母さんの手をぎゅっと握って、一緒に歩き出した。
「ゆみちゃん、今日から中学生なんだから、あんまりお母さんにくっついていると、お友だちに笑われちゃうよ」
お母さんは、自分の手を握ってきたゆみのことを笑った。
「うん、大丈夫。お母さん大好き!」
ゆみは、周りの目のことなんか一切気にせずに、お母さんに甘えた。
「入学式はどこでやるのかな?」
「きょうは入学式なので、ここの駐車場でなくても、真ん中の校庭も駐車場として開放していますので、校庭も駐車場としてご利用になられても大丈夫ですよ」
ゆみとお母さんが手をつないで歩いていると、駐車場にいた守衛のおじさんが声をかけてきてくれた。
「あ、そうなんですか。それじゃ、車を校庭に移動した方が良いですか?」
「ああ、別にあそこも空いてますから、あそこでも大丈夫ですけどね」
お母さんが守衛のおじさんに訪ねると、守衛のおじさんがお母さんに笑顔で答えてくれた。お母さんは、守衛のおじさんに笑顔で会釈すると、ゆみを連れて「入学式はこちら」という看板の方向に歩いていった。
入学式の会場は、正門脇の駐車場から職員室の入っている職員棟の横を通り抜けて、その先にある体育館でやっているようだった。ゆみとお母さんは、体育館の入り口から中に入る。
「靴を履きかえるみたいね」
体育館の入り口のところに置いてある大きなダンボール箱に緑色のスリッパがたくさん入っていた。その脇のところには、脱いだ靴を入れておく下駄箱もあった。ゆみも、お母さんも、そこで履いてきた靴を脱ぎ、体育館に置かれている緑色のスリッパに履きかえた。
体育館の運動スペースに入る入り口には、鉄製の重たい扉が付いていた。お母さんが、その重たい扉を静かにそっと開くと、中から校長先生の話している声が聞こえてきた。どうやら、入学式は、もう既に始まっているようだった。
遅れてきた2人は、静かに音をたてないようにそっと中に入った。体育館の中には、ほかにも遅れてきた両親が何人かいるみたいで、彼らも静かにそっと中に入ると、後ろのほうの空いている席に腰掛けていた。お母さんも、後ろのほうに空いている席を見つけて、そこに静かに移動して腰掛けた。
ゆみも、お母さんの後についていって、お母さんの隣りの空いている席に腰掛けようとした。
「ゆみ、生徒たちは前の席に座るみたいよ」
お母さんは、隣りに座ろうとしていたゆみに小声で囁いた。ゆみは、チラッと前方の生徒たちが座っているという席の方を見たが、首を横に振って、黙ってお母さんの横の席に腰掛けた。
「席、前みたいよ」
隣りに座ったゆみの耳元で、お母さんが小声で話しかけてきたが、ゆみは黙って、もう一度、首を横に振って、お母さんの手を握りしめた。
「しょうのない子ね」
お母さんは、苦笑しながらも黙って、ゆみの手をぎゅっと握り返してくれた。
ジョー君ママにつづく