「はじめまして、塚本といいます」
それは英語の授業だった。教壇には、塚本先生という妙齢の女性の先生が立っていた。
「これから、皆さんの英語の授業を担当します」
その塚本先生は、1組の教室の皆に自己紹介していた。ゆみは、英語の授業は生まれて初めてだった。小学校の3年生までには「英語」という授業は無かった。
「ハロー。マイネームイズ、ツカモト・・」
塚本先生は、1組の皆に日本語で自己紹介した後で、英語でも自己紹介していた。
「お母さん、今日はね、学校で英語の授業があったんだよ」
ゆみは、家に帰ってくると、お母さんの夕食の手伝いをしながら話していた。
「そうなの。英語の授業は、ゆみちゃんは初めてじゃないの」
「うん」
「英語は、これからいろいろな外国人とも話すようになるだろうから、ちゃんとお勉強しておかなきゃね」
「うん。まだ初めたばかりだけど、おもしろかったよ」
ゆみは、お母さんに答えた。それから、夕食のタマネギを包丁で切り刻んだ。
「ね、祥恵。きょうは英語の授業があったんだって?」
夕食のとき、お母さんは祥恵に聞いた。
「うん。なんで知っているの?もしかして、ゆみから聞いたの?」
「ええ」
「ゆみって、お母さんに何でも学校であったことを話しちゃうんだね」
祥恵は、ゆみの方をチラリと見ながら、お母さんに答えた。
「ええ。ゆみちゃんは、お母さんに何でも話してくれるから安心だわ」
お母さんは、祥恵に言った。
「逆に、祥ちゃんは、学校であったことをあんまり話してくれないけど、これからは、あなたたち2人とも同じクラスだものね。ゆみを通じて、祥ちゃんに会ったことも教えてもらえるから、お母さんとしては安心だわ」
「ああ、プライバシーが無くなるぅ・・」
祥恵は、半分冗談まじりにお母さんに答えた。
「ゆみは?そろそろお風呂入る時間じゃない?」
お母さんは、夕食を食べ終わってゆっくりしていたゆみに言った。
「うん。お風呂入ってきます」
ゆみは、お母さんに言うと、お風呂に入るため、キッチンの、ダイニングテーブルを立ち上がった。ゆみは、生まれつき身体が弱いので、いつも早寝早起きが基本だった。夜9時前にはお風呂を終えて、9時には寝床についていた。朝は7時か8時には起きる。この生活リズムを崩すと、すぐに身体の調子が悪くなってしまうのだった。
「おやすみなさい」
ゆみは、お風呂から上がると、お母さん、お父さんに、お姉ちゃんの祥恵に挨拶をして2階の自分のベッドに眠りに向かうのだった。
「ゆみ。明日はゆりこお姉ちゃんのところに行くんだったわよね」
お母さんは、おやすみなさいを終えたゆみに声をかけた。
「うん。ゆりこお姉ちゃんのうちに遊びに行くの!」
ゆみは、お母さんに笑顔で答えた。ゆりこお姉ちゃんとは、美和とともに祥恵の学校での仲良しトリオの1人、ゆり子のことだった。
ゆり子は、祥恵のお友だちでもあるが、ゆり子のお母さんとうちのお母さんとも仲が良いので、お母さん同士も知り合いなのであった。ゆり子のお母さんが、今までは祥恵と仲が良かったが、これからは、ゆみとも同じクラスで同級生になるのだからと、お母さんとゆみのことを家に遊びに来るように招待してくれたのだった。
「おやすみなさい」
「お母さん、明日は、ゆみを連れてゆり子の家に行くの?」
ゆみが、2階の自分のベッドに上がっていってしまった後で、祥恵はお母さんに質問した。
「ええ、そのつもり。明日は学校が5時限目まででしょう?だから、5時限目が終わるぐらいまでには、お母さんも学校に行って、そこでゆり子ちゃんのお母さんとゆみと会って、そのまま、ゆり子ちゃんの家に行くつもりよ」
お母さんは、祥恵に言った。
「そうなんだ。じゃ、明日は私はゆみと一緒に帰らなくても良いんだよね?」
「ああ、そうね。お母さんが、ゆみのことは、ゆり子ちゃんの家に連れていってから家まで連れ帰ってくるから」
「そうか。明日、私は放課後にバスケ部の練習なんだ」
「それじゃ、明日は、ゆみのことはお母さんが連れ帰るから気にしないで、いっぱいバスケ部の練習をしてきていいわよ」
お母さんは、祥恵に言った。
普段は、放課後にバスケ部の練習がある日でも、祥恵だけは、ゆみがいるので、ほかの部員と同じように最後まで練習はせずに、途中でお暇させてもらっていたのであった。
「明日は、思い切りバスケしてこようっと」
祥恵は、大きく腕を上に伸ばしてみせながら、お母さんに言った。
ゆみは、2階の階段上がってすぐのところにある部屋で、祥恵と一緒に寝ていた。その奥の部屋には、お母さんとお父さんの寝室があった。本当は、もう一つ階段を上がってすぐのところに部屋があって、そこがお姉ちゃんの部屋になる予定だったが、ゆみがお姉ちゃんと一緒じゃないと寝られないとわがままを言ったために、未だに祥恵とゆみは同じ部屋のままだったのだ。
そのため、本来、祥恵の部屋になるはずだった部屋は、祥恵とお父さんの書斎になっていた。週末なんかは、よくお父さんが書斎で音楽を聴いたり、映画を見たりしていた。
ゆみは、祥恵と同じ部屋で、2つ並んでいるベッドの左入り口側のベッドに寝ていた。その脇にある机が、ゆみの机だった。一番奥の机は、祥恵の机だった。
ゆみは、自分のベッドの毛布をめくると、中に入って眠りについた。
その日の晩、ゆみは、なぜか農家で暮らしている夢を見ていた。歯医者であるはずのお父さんも、お母さんも畑で食物を育てているのだった。祥恵も、お父さんたちの畑を手伝っていた。運動の苦手なゆみだけが、納屋の奥で静かに本を読んでいた。そんなゆみの前を、白いブタが一匹忙しそうに行ったり来たりしているのだった。
ぶーた先生につづく