今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

38 期末試験

「ああ、どうしよう。ぜんぜん頭に入ってこない」

祥恵は、朝食を食べ終わった後も、しばらく席を立てずに頭を抱えていた。

「どうしたのよ?」

お母さんが、祥恵の食べ終わった後のお皿を片づけながら声をかけた。

「きょう、期末試験なんだよ。なのに、勉強がぜんぜん頭に入ってこないのよ、成績悪かったらどうしよう。ってか、1学期の授業、体育や音楽、家庭科以外は何も記憶にない。留年したらどうしたらいい?」

「あらあら、1学期は部活ばかり夢中になり過ぎて勉強が厳かになってしまったかしらね。もうちょい勉強の方にもしっかり力を入れておかなきゃ」

「そうかもしれない。ね、もし留年したらどうしたらいい?」

「うちは、そんな裕福じゃないので、留年なんかしたら、祥恵の学費払えませんよ。ここ1週間ばかりは部活はやっていないんでしょう?勉強に専念できたのではないの?」

「うん。だって試験期間中は部活は禁止だもの。やったら先生に怒られちゃうよ」

「そうなの」

お母さんは、祥恵に答えた。

「ゆみも期末試験なんでしょう?」

「それはそうよ。同じクラスだからね」

「その割には、ゆみはぜんぜん試験のこと言ってなかったけど。夜遅くまで勉強をしている様子もなかったけど。あの子、いつも通りに夜9時過ぎたら、ぐっすり眠っていた気がするけど」

「あの子、夜遅くまで起きてたら体調崩しちゃうじゃない」

「そりゃそうだけど」

お母さんは、祥恵に言われて苦笑した。

「どうした?なんか悩みか?勉強とお金以外のことだったら、お父さんが相談にのるぞ」

「じゃ、いらない」

祥恵は、お父さんに即座に答えた。勉強とお金以外って、まさに今一番悩んでいることなんだけど。お父さん、役に立たないなと祥恵は思っていた。

「悩みは勉強のことだものね」

お母さんは、祥恵に同調した。

「今日から学校は期末試験なんですよ」

「それで勉強ができないって悩んでいるのか?もっと普段から勉強しておかなきゃダメだろう。勉強に支障きたすならバスケなんかやめちゃえ」

お父さんは、他人事のように祥恵に言った。

「おまえは医大に行くんだろう?だったら、勉強は今からしっかりやっておいた方がいいぞ」

「え、私って医大に行くの?」

「なんだ、歯医者になるんじゃないのか?」

「歯医者?私って歯医者になるんだったの?」

逆に祥恵がお父さんに聞き返した。

「あなた、また勝手に祥恵に自分の職業を押しつけて・・」

お母さんは、お父さんのことを叱った。

「私、運動は得意だけど頭わるいから。医大は無理じゃない。ゆみは頭いいんだから、ゆみに医者は、今井デンタルクリニックはやらせなよ」

祥恵は、お父さんに言った。

「ゆみはだめだ。あいつは、次女だろうが、おまえが今井家の長女なんだからな」

「ああ、遅刻しちゃう。ゆみ!ゆみっ!学校に行くから、早く部屋から降りてきなさい」

祥恵は、2階に向かって叫んだ。

「はーい」

ゆみが2階から自分のバッグを持って降りてきた。

「学校に行くよ」

「はーい。お母さん、お父さん、行ってきます」

ゆみは、両親に挨拶をすると祥恵と一緒に家を飛び出した。ゆみの肩には、タンスの上に置いてきたはずのブータ先生がいつの間にか乗っかっていた。

「本当に医者には、祥恵ではなく、ゆみがなるのか?」

娘2人が家を出て行くのを見送った後で、お父さんがお母さんに聞いた。

「そんなのまだわかりませんよ。ゆみだって、まだ本人の口から医大に行くなんて話、1回も聞いたことありませんからね。祥恵だって、そんなこと一言も言っていませんし」

お母さんは、お父さんに答えた。

「まあ、ゆみはともかく。祥恵は医大に行くよな?」

「知りません」

お母さんは、お父さんを置いたまま、キッチンに朝食の食べ終わったお皿を洗いに行ってしまった。お父さんとしては、長女である祥恵に、今井デンタルクリニックを継いでほしいようだった。

「ええっと、江戸時代は・・」

祥恵は、いつもの毎朝のように、井の頭線でゆみのことを空いた席に座らせると、その前のつり革に捕まって、試験勉強の暗記の続きを始めていた。

「おまえの姉ちゃん、忙しそうだな」

ゆみの膝の上のブータ先生がゆみの方に振り向いて話しかけた。

「うん。お姉ちゃん、お勉強中だから静かにしてあげて」

ゆみは、ブータ先生の頭を撫でながら言った。

「おいらの声は、彼女に聞こえていないから大丈夫だ。おまえさんは、勉強しなくても大丈夫なのか」

「私は、たぶん大丈夫。だって、今日の試験って1学期の授業で先生から言われたこと以外は、何も問題に出ないんでしょう」

ゆみは、ブータ先生に聞いた。

「おいらは知らない。おまえさんの未来、運命などについては救世主としてよくわかるが、勉強と名のつくものについては、ともかく苦手だからな」

ブータ先生は、ゆみに断言した。結局、祥恵は、学校へ着くまでの道も歩きながら、学校に着いてからも試験が始まる直前までずっと必死になって暗記を続けていた。

「はい、教科書とかは机の中にしまってください。試験を始めますよ」

試験官がテストの問題用紙と解答用紙を配って、試験が開始になった。

「げ、こんなところ勉強してこなかった・・」

クラスのあっちこっちから生徒たちのため息が聞こえてきた。そんな中、ゆみだけは特に慌てることなく問題文を読んで、すらすらと解答用紙に解答を書き込みはじめていた。

どの問題も、1学期に先生たちが授業で教えてくれたことばかりだった。ゆみからしたら、ついこの間、先生たちから授業で教えてもらった問題ばかりなのだ。こんな解答ならば、どれも何も考えるまでもなく簡単に書き込めてしまう問題ばかりだった。ゆみは、どの科目の試験も、制限時間ぎりぎりまで考えるまでもなく、余裕で解答してしまって、解答用紙を提出していた。

「はい、終了20分前です。終わった方は、先に解答用紙を提出して退出されてもかまいませんよ」

どの試験も、先生のその言葉とともに席を立って解答用紙を提出していたのは、ゆみだけだった。

「ねえ、ゆみちゃん。夏休みの間、ブータ先生って私と一緒に清里の山を登るんだって?」

期末試験の最終日、試験がぜんぶ終わった後で、そうゆみに話しかけてきたのは、百合子だった。

「え、そうなの?」

「なんか祥恵がそう言っていたけど」

百合子に言われて、ゆみは抱えていたブータ先生の方を見た。ブータ先生は、ううんと首を横に振っていた。

「最初は。ブータ先生もそんな風に言っていたんだけど、ブータ先生がどうせ百合子お姉ちゃんの家に里帰りしても、百合子お姉ちゃんの部屋のタンスの上に置いてきぼりにされるだけだから、夏休みは里帰りしないって言っているんだけど」

「そうなの。もし、ゆみちゃんがブータ先生も山に登らせてあげてほしいって言うのなら、百合子もちゃんとブータ先生のことをリュックに入れて一緒に山に連れて行くよ。ただ、リュックの中、そんなに広くはないから、ブータ先生まで入り切れるかどうかわからないんだよね」

百合子は、ゆみに約束はしていた。

「だってさ、ブータ先生どうする?」

「そこまで言うのなら、おいらとしても百合子殿と山に登ってくるのも良いが」

ブータ先生は、ゆみに曖昧に答えた。

「そう、わかった」

ゆみは、ブータ先生のお返事を聞くと、すぐにブータ先生のことを持ち上げて、百合子に手渡した。

「ブータ先生も清里の山を登ってみたいって言うので、どうかブータ先生のことを宜しくお願いします」

ゆみは、百合子に頭を下げた。百合子は、夏休み前にブータ先生のことをゆみから預かると、いったん家に持ち帰ることになりそうだった。

「ね、百合子。ブータ先生を山に連れて行くのはやめた方が良い気がするな。だって、向こうでは山の天気は変わりやすいし、土とかついて泥だらけになってしまうかもしれないよ」

祥恵が、百合子に忠告した。

「確かに、それはあるよね」

百合子は、ゆみから一旦受け取ったブータ先生を、ゆみに返した。

「そういうわけだから、山に行ったらお土産はいっぱい買ってくるから、山に行っている間、ブータ先生の面倒は、ゆみちゃんがみてあげてくれる」

「うん」

ゆみは、百合子に頷いて、百合子からブータ先生を受け取った。

「そういうわけじゃ。おいらは、夏休みはおまえさんと過ごすよ」

ブータ先生は、ゆみのバッグの中に潜り込みながら、ゆみに言った。

「ね、ブータ先生。もしかして、わざとお姉ちゃんに泥だらけになるかもと言わせて、自分が百合子お姉ちゃんと一緒に山に登りに行かなくても良いように運命を変えた?もしかして、それで私の手から素直に百合子お姉ちゃんのところに移動したの?」

ブータ先生は、ゆみの質問にはわざと知らんぷりして、バッグの中に丸まって寝たふりをしていた。

清里村へ旅行に出かける日、ブータ先生は百合子の持っていくリュックの中にはいなかった。

百合子は、登山の合間ずっとブータ先生、ブタのぬいぐるみを持ち歩かずに済んで、少しホッとしていた。その代わりに頂上や休憩場所など要所要所では、お留守番しているゆみのために写真を撮ってくれていた。登山から帰ったら、写真とともに清里村の話をいっぱいゆみにしてあげるつもりでいたのだった。

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