ゆみは、竜たちよりも、ずっと前のほうを歩いていた。
「おーい、そこを左だ!左!」
竜が、ときおり前を歩いているゆみに向かって、行き先の方向を案内している。竜の声が聞こえる度に、ゆみは、竜の誘導する声が聞こえたから、そっちに歩いているわけじゃないという振りで知らんぷりしてから、私もそっちに行きたかったんだという感じで、竜の誘導する道に向かって歩いていた。
「あいつ、思いの外、気が強いよな」
そんなゆみの様子を後ろから確認しながら、竜はニヤニヤほくそ笑みながら、横にいる男の子に話していた。
「本当に、あの子も俺たちの仲間になるかな?」
男の子は、竜に聞いた。
「なるさ!ぜったいに」
竜は、自信たっぷりに男の子に言った。
「仲間になったとして、本当にあの子が、うちらにとって役立つのかな?」
「力だって、わたしよりも弱そうなんだけど」
男の子の後ろを歩いていた女の子のグループが言った。
「いや、あいつはぜったい役立つさ。俺の直感だけどな」
竜が、女の子たちに答えた。
「なんだ、竜の直感か。竜の直感なんて、ぜんぜん大したことないからな」
女の子たちは、竜に言いながら笑っていた。
前を歩いていたゆみは、大きなコンクリートの建物が立ち並んでいる場所に出た。いつも、お父さんの車の中かマーケットの間しか行き来したことのないゆみにとって、ここは初めて来る場所だった。
でも、ゆみには、この場所がなんとなく覚えがあった。新宿から地下シェルターにエレベーターで降りてくるときに、上空から見えたシェルター中央に建っていた建物群ではないかなと予想がついた。
「すげえだろ!この建物」
後ろから追いついてきた竜が、ゆみに言った。
「そこの窓から中をそっと覗いてみろよ」
竜が、ゆみに言った。
「なんでよ」
「いいから見ろよ!室内の高級感に驚くぞ。但し、中に住んでいるやつらに、見つからないように上手に覗けよ」
竜は、ゆみに指示した。竜なんかの指示に従うのはシャクだったが、ゆみも、この建物の中がどうなっているのかは、少し興味あったので、そっと窓に近づき、室内の様子を覗きこんだ。
窓の中の室内には、かなり広いリビングルームがあった。かなり高級なソファやテーブルなどの家具が揃っていた。そのリビングの真ん中辺りで、たぶんこの家に住む女の子なのだろう、彼女は大きなシルバニアファミリーの家のおもちゃで遊んでいた。
リビングの奥には、真っ白な、立派なダイニングテーブルが置かれたダイニングルームがあって、その向こうに少しだけ見えるキッチンでは、この家のお母さんらしき女性が、エプロンをして夕食のお料理をしていた。大きなまるまるとしたジャガイモやニンジン、ブロッコリなどが調理台の上にのっかっていた。
ゆみが、いつもお母さんと一緒にもらいに行っているマーケットで配給される野菜や食材とは比べものにならないぐらい立派な出来のお野菜だった。キッチンの女性がガスコンロの上で煮込んでいるお鍋から大きな骨付きの牛肉がはみ出していた。
「なんて立派なお肉、お野菜」
ゆみは、思わずつぶやいてしまった。
「だろう?美味そうだよな。俺たちがマーケットでなんかぜったいお目にかかれない立派な食材だよな」
竜に言われる前から、ゆみもそう思っていた。ゆみの口の中には、けっこう唾がわいてきて、よだれが出そうになった。
「エリートの連中だよ」
竜が、部屋の中にいる人たちを指さし、ゆみに説明した。
「エリート?」
「そう、エリート。ここに建っている建物は、本来は避難してきている人たち皆に配布されるはずだったのに、建物の部屋数よりも避難者の数の方が圧倒的に多くなってしまって、全員は住めないからと、政府や企業のお偉いさん、権力の持っている連中だけにしか部屋は与えられなかった。部屋をもらえなかった人たちは、住むところが無いので地下シェルターの地下の排水管の中とか木の陰とかで野宿さ。俺やお前の父ちゃんたちのように、車で避難してきた連中は、車の中で住むことができるから、それでもまだ良い方なのさ」
竜は説明した。
「こいつらなんか見てみろよ。ずっと草っ原、草原の中で野宿だぜ」
竜は、一緒についてきた子どもたちを指さして説明した。
「草っ原で野宿?」
「そうさ。こいつらは皆、地上から避難してくるときに、宇宙人たちに襲われて父ちゃんや母ちゃんたちを失った連中だ。親がいない、子どもだけで暮らしていくしかない連中だから、政府から食料の配給も、もらえない。自分たちでなんとか食べて生きていくしかない連中なのさ」
竜に言われて、ゆみは改めて一緒に来た子どもたちを見渡してみる。どの子も皆、ボロボロの服、ただの布と言ったほうがいいようなものを身体に着ていた。それに、栄養が足りていないのだろう、どの子も皆、痩せほそっていた。
「ちなみに、俺だって地上から避難してくるときに、父ちゃんも、母ちゃんも、兄ちゃんも皆、宇宙人に殺されてしまったよ。残ったのは、ばあちゃんただ1人だけだ」
竜は、ゆみに言った。
「だから、お前が姉ちゃん1人亡くしたぐらい大したことじゃない。姉ちゃんいなくたって、お前には、まだ父ちゃんも、母ちゃんもずっと側にいるじゃないかよ」
ゆみは、大好きだったお姉ちゃんのことを竜にdisられて、腹が立った。思い切り、何か竜のやつに言い返してやろうかと思ったが、周りの子たちを見回したら、何も言い返せなくなってしまった。この子たちは、兄弟、姉妹だけじゃなく、お父さん、お母さんも失ってしまっているのだ。
竜のざつな行動につづく