「しかし、真っ暗だな」
お父さんは、車を運転しながら、困っていた。
普段ならば、東京の町は、夜でもあっちこっちに街路灯が付いていて、夜道を運転していてもけっこう明るかった。それが、今は、電気の担当者も皆、地下に避難してしまっているらしく、街路灯の明かりがぜんぜんついていないのだった。
しかも、街路灯だけではない、信号機もついていないのだ。おかげで、お父さんは誰かが道に飛び出てきてひいてしまうのが恐いので、そろりそろりしか車を前へ進めさせられないでいた。
「ね、今日は、ここに停めて、明日の朝あかるくなってから運転を再開したほうが良くない?」
お母さんは、そんなお父さんの運転を見て言った。
お父さんは、ジープタイプ、大きめのベンツを暗がりの中で運転するのが辛そうだった。
「今夜じゅうに地下シェルターに入ったほうが安心だろう」
お父さんは、しばらく意地になって車を運転しつづけていた。
「いや、やっぱりあきらめよう。この暗がりで運転し続けると、事故を起こしそうだ」
お父さんは、必死に運転を続けてはいたが、やはり暗がりでの運転は危険極まりない。運転を続けることをあきらめた。
車は、住宅街の細い道に入ると、そこに停車した。
「それでは、今夜はここでお泊まりね」
お母さんが、お父さんに聞いた。
「ああ、そうだな」
それを聞いて、お母さんは、助手席の前方に作っておいたミニキッチンで夕食のお料理の支度をはじめた。
「きょうって、ここでお泊まりするの?」
お母さんが料理の支度を始めたのを見て、ゆみはお母さんに聞いた。
「そうよ」
「ここ?ここにお泊まりするの?」
「そう、この車の中でお泊まりだから。ゆみちゃんは、お母さんの横で寝たかったら、こっち、助手席にいらしゃい」
お母さんは、ゆみに言ってくれた。
「ホテルとかに泊まらないの?」
ゆみは、お母さんに聞いた。
「ホテルなんてやっているわけないでしょう」
お姉ちゃんが呆れたように、ゆみのことを見た。
「泊まれるホテルは、さすがにないわね」
お母さんも、つぶやいた。
「今は、みな避難しちゃって、うちら以外に誰も地上には、もう残っていないんだから、しょうがないでしょう」
お姉ちゃんが、ゆみに言った。
こんなに、あっちこっちに建物とか建っているのに、ここには誰もいないのか。それでも、なんとなく車の中で寝るのは気が進まないゆみは、周りを見渡した。
「ねえ、あそこのお家でお泊まりするのはどう?」
ゆみは、すぐ目の前の白い家を指さして言った。
「あんた、何を言っているの?あそこは、誰か別の人のお家でしょう」
お姉ちゃんは、呆れたように、ゆみに言ったが、
「だって、もう避難しちゃって、誰も住んでいないんでしょう。だったら、今夜だけお泊まりさせてもらってもいいじゃん」
「あんた、本気で、それ言っているの」
お姉ちゃんは、妹の顔をマジマジ眺めながら答えたが、
「いや、確かにそれはありかもしれないぞ」
お父さんが、ゆみのアイデアに賛成した。
「確かに、誰も住んでいないんだものね」
お母さんも、目の前の白い家を見て言った。前の白い家は、夜だというのに、部屋の中が明かりも点いていなくて真っ暗なままだった。明らかに誰もいないようだった。
いや、目の前の白い家だけではない。そのほかの家も皆、明かりは点いていなくて真っ暗、無人の状態だった。
「お姉ちゃん、ちょっと、その白い家に行ってみよう」
お父さんは、お姉ちゃんを誘って、車を降りると、白い家の玄関先から中に入ってみる。お父さんの後ろからお姉ちゃんも入っていく。
「確かに、みな避難しちゃった後だね」
お姉ちゃんは、先に行ったお父さんに話した。
「なんでわかる?」
「だって、ほら」
お姉ちゃんは、空いている駐車場のところを指さした。そこには、ここの家の子どもが書いたのだろうか、「しばらく地下に避難のため留守にしますが、宇宙人さん、お家を壊さないでください」と貼り紙がしてあった。
「本当だな。そしたら、とりあえず今夜だけは、ここに一泊させてもらおうか」
お父さんは、そう言うと、車の中で待っているお母さんとゆみにお出で、お出でと手を振った。お母さんは車を降り、ゆみも、メロディや猫たちを連れて、車を降りて、白い家に歩いていった。
「ここで泊まるの?」
お母さんは、白い家のリビングルームの中で、お父さんに話しかけた。
「ああ」
「宇宙人さんの前に、今井家がここの家を利用させてもらうんだ」
お姉ちゃんが言うと、
「そうだな。でも、今井家は、別に爆弾も落とさないし、家だって壊さないで大事に一泊だけ泊めさせてもらうだけだから」
「そうよね」
「車に行って、夕食の材料を取ってきますわ」
お母さんが言うと、
「いや、ここの家のキッチン、冷蔵庫の中にも食材ぐらい何か入っているだろう」
お父さんは、車に食材を取りに行こうとするお母さんを止めた。
「だって、泊めてもらうだけで十分よ。そのうえ、食材までもらったりしちゃ悪いわよ」
「どうせ、ここの食材は、遅かれ早かれ、誰にも食べられることなく腐ってしまうか、家ごと宇宙人の爆弾でこっぱみじんになってしまうんだぞ。それに今、車の中にある食材は、この先に何があるかわからないんだから、なるだけ温存しておかないとダメだろう」
お母さんは、そこの家のキッチンに入ると、冷蔵庫を開けて、中のものを確認する。
「これだけあれば、何か適当な夕食は作れそうよ」
「良かった」
お父さんは、お姉ちゃんを連れて、白い家の2階を確認しに行った。
「ゆみは、お母さんの夕食の準備を手伝って」
お母さんとゆみは、知らない人の家のキッチンでお料理を始めていた。
みんなで就寝につづく