ゆみたちも、ここ地下シェルター駐車場での暮らしにも大分慣れてきた。
「ゆみ、お母さん1人じゃ持ちきれないから、これ持って」
お母さんは、駐車場正面にあるマーケットから荷物を持って出てきながら、横にいるゆみに、軽い荷物を手渡す。
「さあ、車でお父さんが待っているから、早く戻りましょう」
お母さんは、ゆみに言った。
駐車場正面には、マーケットとなる建物はあるのだが、中で特に商品を売っているというわけではない。毎朝、午前中にこのマーケットと呼ばれる建物の中で、その日の食事、食材が駐車場にいる皆に配給されるのだった。駐車場の車で暮らす人々は、この毎朝の食事の配給と自分たちの車の中に備蓄されている食料で、日々の食事を賄っていた。お母さんも、ゆみを連れて、本日の配給をもらいに来たのだった。
「こんにちは」
車に戻ると、お母さんは少年に声をかけられた。少年の名は、竜といった。ゆみたちの停まっている三つ先の車に、年老いたおばあちゃんと2人で暮らしている子だった。
「おばちゃん、配給もらってきたの?」
「そうよ。竜くんは、もうもらったの?」
「うん。とっくの昔に」
竜は、笑顔でお母さんに答えた。大人に対して、とても人懐っこい少年で、この辺り一帯の大人たちには人気のある子だった。でも、ゆみは、この竜という少年を警戒していた。ゆみの直感だが、大人たちが見ていないところで、なにか悪いことを平気でしているような子に思えていたのだった。
「遊びに行こうぜ」
ゆみたちが停めている車から少し先のところに芝生と木々が植わっていた。その中の1本の木にお手製のブランコが作られていて、ここにいる子どもたちは、よくその周りで遊んでいた。
「ゆみちゃん、竜くんが遊ぼうですってよ。行ってきたら?」
お母さんが、ゆみに言ったが、ゆみは首を大きく振って、竜くんから自分の姿が見えないようにお母さんの後ろに隠れた。
「もう、しょうが無い子ね」
お母さんは、ゆみに言うと、
「ゆみったら、ここに来てから人付き合いの悪い子になちゃって。竜くん、せっかく誘ってくれたのにごめんね。1人でほかの子たちと遊んできて」
お母さんは、竜に言った。
「はーい!」
お母さんに言われ、竜は、ほかの子たちが遊んでいるところに1人で行ってしまった。1人残されたゆみは、車の中に入ると、そこで教科書を開いてお勉強を始めた。
「ゆみちゃんも、たまには皆と遊んできたら?」
「大丈夫」
独りぼっちのゆみを心配して、お母さんが声をかけたが、ゆみは、ほかの子たちと遊ぶのは断ってしまった。ゆみは、新宿駅周辺で宇宙人に襲われて、大好きだったお姉ちゃんがいなくなって以来、あまり笑うことが無くなっていた。今も、1人、車の後部トランクスペースに腰掛けて、教科書を読んでいた。
お母さんは、車の後ろのハッチを開くと、そこにロープを張って、洗い終わった洗濯物を干しはじめた。お母さんは、すべての洗濯物を干し終わると、助手席に戻ってきて、そこで繕いものをしていた。
ゆみは、洗濯物を干すために開いている後部ハッチから入ってくるそよ風を気持ちよさそうに感じていた。
「おっす!」
突然、車の下から竜が顔を出して、中にいたゆみに声をかけた。
「きゃ!」
急に現れた竜の姿に驚いたゆみは、思わず声を上げてしまった。
「何やってんだよ?勉強か?」
竜は、ゆみが読んでいる教科書を覗きこんで言った。ゆみは、返事をしない。
「なんで勉強なんかしてんだよ。どうせ、学校なんて地上で放射能だらけになってしまってもう無いんだから、勉強なんてする意味ないじゃん」
竜は、ゆみに言った。ゆみが竜のことを無視していると、
「ちょっとだけ遊びに行こうぜ」
また竜が、ゆみのことを誘ってきた。
「向こうに行って!」
ずっと無視していたのだけれども、あんまりしつこく居座っているので、思わずゆみは、竜に言った。
「やっと、しゃべったな。けっこう、女の子っぽい可愛い声じゃん」
竜が、ゆみの言葉を聞いて笑った。
「うるさい!向こうに行って!」
ゆみが、もう一度、竜に言った。
「それじゃよ、俺と一緒に10分、いや5分でもいいよ。5分だけ向こうに行って、皆と遊んでくれたら、俺、おまえのこともう誘わないよ」
竜が、ゆみに提案してきた。
「本当に?」
「ああ」
「5分間だけ、あんたの友だちのところに行ったら、これから先ずっと、あたしのことは、ほおっておいてくれる?」
「ああ、約束するよ」
竜が言ったので、ゆみは教科書を置いて、座っていた後部トランクから立ち上がると、車から降りた。
「お母さん」
「はーい、行ってらっしゃい!」
ゆみが全部言い終わる前に、お母さんは、助手席からゆみに手を振ってバイバイをした。ゆみは、竜の後について、向こうの林の中、子どもたちが遊んでいるところに歩いていった。
わるい仲間につづく