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9年生の進路
ゆみは、現在8年生だ。来年の4月になったら、9年生になる。9年生というのは、日本風にいえば中学3年生のことだ。ということは、9年生になったら、その次は高校生、中学生は卒業ということになる。
「ゆみも、祥恵も、明星学園は高等部まであるから良いわね」
お母さんは、近所の主婦仲間から、うちの子は来年中学を卒業だから高校受験が大変で、という話を聞いたとき、思っていた。
「高校卒業まで受験が一切なく進めるっていうのは良いよね」
祥恵も、お母さんと同じにそう思っていた。
そう思っているのは、祥恵だけではないらしく、これまでの9年生たちも皆、ほぼ例外なく、そのまま中等部を卒業すると高等部に進学していた。今年の9年生にとっても、それは同じで、どの9年生も皆、普通に中等部を卒業したら高等部に入学できると思っていた。
それが、今年の9年生にピンチが訪れていた。
「うちの高等部の生徒たちの成績が悪すぎる」
「このままでは、新入生勧誘の生徒募集までに響いてしまいます」
明星学園高等部の職員、先生たちが集まる職員会議では、ここのところ連日のように、その議題が取り上げられ、問題になっていた。
「明星学園高等部の学校風土は良いんだがな。通っている生徒たちの成績がな。あれでは高校を卒業した後の大学受験、進学で苦労しそうだ」
そのような噂が広まり出したのが数年前、それから明星学園では、新入生募集においては高等部だけがいろいろ苦戦を強いられるようになっていた。
「どうしたら、生徒たちの成績を上げられるだろう?」
「授業内容がおもしろくないのでは?」
「もっと、ユニークな授業をやって、生徒たちに勉強をもっと興味持ってもらえるようにしなきゃいけないのではないか」
と、高等部の職員会議ではずっと検討してきた。
その中で、数学に強い先生たちが中心になって、いろいろ分析した結果、うちの高等部でも、高等部に外部から入学してきた生徒たちに関してはそう成績が低くない、それよりも圧倒的に中等部から進級してきた生徒たちの成績が低過ぎる、そのために高等部全体の成績が下がってしまっているという分析結果が出てしまった。
「やはり、中等部からの進級にも、ある程度は試験でふるい落とす制度を作った方が良いのではないか」
そういった意見が、高等部の先生たちの間にも急速に広がり始めていた。
そのことを、数年前より中等部の先生、職員たちにも進言してきていた。その度に、中等部の先生たちからは、こちらでも生徒たちに対する授業内容、学校行事など改善、善処しますという返答をもらってきていた。
しかし、中等部の生徒たちの改善は、一向に見られないということで、今年になって改めて、高等部から中等部に対して、入学に当たり簡易的な試験制度を導入させていただくという通知が来たのであった。
そのことは、中等部の職員、先生たちを通じ、9年生の両親たちにも告げられた。9年生の両親と当の生徒たちは、明星学園の自由な風土、受験制度に縛られない教育方針が気に入って、明星学園を選んで通学しているのにと簡易的とはいえ入学試験制度の導入に猛反対し、抗議していた。それに同じく明星学園の自由な風土を重んじている中等部の先生たちも乗っかる形で、何度も高等部の職員、先生たちを交えた会議が開かれてきた。
「ゆみ、高等部に行けなかったら高校はどうしようか?」
お母さんが、夕食の準備をしながら、それを手伝っているゆみに聞いた。
「高等部に行けないって?」
「もしかしたら、中等部を卒業したら、高等部に入学するのに入学試験ができるかもしれないんだって。そしたら、その入学試験に落ちたら高等部に行けなくなってしまうかもしれないよ」
「そうなんだ」
「もし、そうなったら、ゆみはどうする?」
「うーん、わかんない」
ゆみは、いきなりお母さんにそんな質問をされて上手く答えられずにいた。
「あ、でも、あたしはどこの高校でもいいよ。お姉ちゃんと同じ高校に行けるなら」
ゆみは、しばらく考えた後で、お母さんに答えた。
「そうか。ゆみは、お姉ちゃんと同じ高校ならどこでも良いのね」
お母さんは、ゆみの頭を撫でながら、笑顔で答えた。
この9年生の入学試験の問題は、8年生の両親たちの間でも、いやが上にも無視するわけにはいかなくなっていた。入学試験が導入されれば、9年生の後は、自分たち8年生にも、その入学試験問題は必ず降りかかってくることになるのだ。
「今井さん、一緒に加わりませんか?」
「狩野さんは、いろいろ経験をお積みでしょうから、でも私なんて、ただ夫の個人病院で歯医者の治療をやっているだけですから」
お母さんは、初め狩野さんのお誘いをお断りしていた。狩野さんとは、1組の、ブータ先生をゆみにくれたゆり子のお母さんのことだ。ゆり子は、狩野ゆり子といった。
ゆり子のお母さんは、9年生の知り合いの両親から入学試験制度の導入の話を聞いて、明日は自分たちの問題でもある、この問題に生徒の両親として取り組んでいかなければいけないと感じ、8年生の両親代表の1人として活動していこうと思ったのだった。
まだ8年生両親の中では、この活動をやっているものが1人もいなかった。そこで、ゆり子のお母さんは、親友でもあるゆみたちのお母さんに声をかけたのだった。初め、自分には出来ないと断っていたお母さんだったが、美和のお母さん、ゆみの親友の麻子のお母さんや、まゆみや湯川あさこのお母さんも一緒に活動するというのを知って、自分にも何か出来るかもと一緒に活動することになったのだった。
合唱祭につづく