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狭山湖マラソン
最近は、またブータ先生が、ゆみの側に戻ってきてくれるようになっていた。
「もう、こっちの世界に来ていても良いんだ?」
ゆみは、ブータ先生に聞いた。
「ああ、おばあちゃんもおかげさんで、すっかり元気になってな。それよりも、1人こっちに残してきたゆみ殿のことのほうが心配でな」
ブータ先生は、ゆみに返事した。
「なので、直ちょくこっちに来ることにした」
ブータ先生は、ゆみに宣言した。
「それは、あたしもブータ先生が一緒にいてくれる方が嬉しいけど」
「そうか。しかし、おいらが向こうにしばらく行っている間、お前さん、おいらに手紙を書いてくれるの忘れたりしていないか」
「ああ、だって、いろいろ忙しかったりすると・・」
「まあ、おいらも、ゆみに手紙書くの忙しくて忘れているときもあるけどな」
「そうね」
「だから、やっぱり手紙を介すよりも、こうして直に会って一緒にいる方が良いだろう?」
「うん、そうだね」
ゆみは、ブータ先生に頷いた。
ブータ先生が、またゆみの家に戻ってきてくれたので、ゆみもなんとなく嬉しかった。家には小さなピアノが1台あった。そのピアノの前に座って、ブータ先生がピアノの上に乗っかってピアノを弾いている時間が、ゆみは最近は好きだった。
この小さなピアノは白い色をしていた。ブータ先生も白に鼻とか手の平とかだけ薄いピンク色だったので、ピアノの上に乗っている姿がとても似合っていた。
「ゆみ。このピアノどう?」
ゆみが、合唱祭で4組のピアノを担当すると知ったお母さんが、近所の楽器屋さんで小さなピアノを買ってきてくれたのだった。
そのピアノのおかげもあって、ゆみのピアノを弾く技術は上達していた。
「合唱祭、楽しみだな」
ゆみは、合唱祭でピアノを弾けるのが楽しみになっていた。
「ゆみ、行くよ!」
ジャージ姿の祥恵が玄関に立って、家の中にいるゆみに向かって叫んでいた。合唱祭は楽しみなのだが、その前にマラソン大会があるのだ。といっても、ゆみはマラソン大会は走れないので、ただの見学だったが。
「はーい」
ゆみは、ブータ先生と一緒に玄関に出てくる。
「行くよ」
「はーい」
ゆみは、玄関で自分の靴を履いている。
「あんた、それ持っていくの?」
「うん」
ゆみは、ブータ先生をバッグに入れながら答えた。
「別に、ぬいぐるみは部屋に置いてきたら?」
「大丈夫。ちゃんとバッグの中に入れておくから」
ゆみは、祥恵にお願いした。それに、どうせ部屋に置いてきたって、ブータ先生が勝手にマラソン大会の会場についてきてしまうだろう。
「行ってきます!」
部屋の中のお父さんと、見送りに出てきたお母さんに声をかけると、2人はマラソン大会に行くために出かけた。
「また、去年と同じ場所なの?」
ゆみは、井の頭線に乗りながら、祥恵に質問した。
「うん」
「去年とまったく同じコース?」
「そうよ。そうでなかったら、タイムの記録とか取る意味もなくなちゃうでしょう」
祥恵は、ゆみに答えた。
明星学園のマラソン大会が開催されるのは、毎年秋に狭山湖の湖畔だ。駅前の狭山湖畔からスタートして、ぐるっと湖を一周してきてゴールだった。
「去年は、お姉ちゃんが優勝だったよね」
「そうだね」
「今年も優勝してね」
「さあ、どうかな?他にも早い人いっぱいいるだろうし」
祥恵は答えた。
「祥恵殿なら、連覇できるぞ」
ブータ先生も、祥恵に言った。もちろんブータ先生の声は、祥恵には聞こえない。
「ブータ先生、お姉ちゃんならまた優勝できるって」
ゆみが代わって、ブータ先生の言葉を祥恵に伝える。
「そう、ありがとう。ブータ先生」
祥恵は、ゆみが抱えているブータ先生の頭を撫でながら返事した。もちろん、祥恵はまさか本当にブータ先生がそう言ったとは思っていないようだった。
「なんだか空しいな。おいらが応援したのではなく、ゆみが応援したのだと、おまえの姉ちゃんは思っているぞ」
ブータ先生が少し寂しそうに、ゆみにつぶやいた。
「大丈夫」
ゆみは、ブータ先生の頭を撫でてあげた。
「ゆみ。お姉ちゃんの手をしっかり握っているのよ」
祥恵は、井の頭線から中央線に乗り換えて、目的地の狭山湖のすぐ側の駅に着くと、ゆみの手をしっかり握りながら言った。
「去年、あんたは、お姉ちゃんの手を握っていないから迷子になったんだからね」
今年は、大混雑の狭山湖前の駅でも、祥恵がしっかり手を握ってくれていたので、ゆみもブータ先生も迷子にならずに済んだ。
ゆみは、祥恵に手を握られ、ブータ先生は、ゆみが肩からぶら下げているバッグの中に収まり、駅前の道を歩いていると、声をかけられた。
「ゆみちゃーん!」
まゆみと麻子だった。
「あ、麻子、まゆみ、おはよう」
ゆみも、祥恵と手を繋いでいない方の手を振りながら、お友だちに応えた。
「あ、甘えん坊だ。お姉ちゃんにしっかり手を握ってもらっているんだ」
麻子が、ゆみが握っている祥恵の手を見ながら笑った。
「去年だって、迷子になったんだものね」
ゆみの代わりに、祥恵が麻子に答えた。
「そういえば、そうだったね」
「でも、ちゃんと、あたしたちと会場まで行けたじゃん」
まゆみが、ゆみに言って、ゆみは大きく頷いた。
二連覇につづく