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55 ピアニスト
「なんか、びっくりしちゃった!」
ゆみは、合唱祭が終わって、教室で1日の締めくくりのホームルームが開かれているとき、麻子に言った。
「そうなの?あたしは、ちゃんと知っていたよ、ゆみがピアノ弾くこと」
麻子は、ゆみに答えた。
麻子の席は、教室の中央のほう、ゆみの席は、今井なので教室の窓側前方、席は離れていた。けど、今日は合唱祭のあとのホームルームということで、皆、いつもの自分の席ではなく、好きなところに腰掛けてホームルームに参加していた。男子なんかは、教室の後ろに置かれているシングルソファに何人かで一緒に座りあっていた。
「知っていたの?」
「うん。って言っても、あたしも朝、大友先生から聞いたばかりだったんだけど」
麻子は、ゆみに言った。麻子の話だと、午前中、音楽室で大友先生と1組が合唱祭の本番前の最後の練習をしているときに、大友先生が提案してきたのだそうだ。
「皆のクラスのゆみ君だけど、馬宮先生から昼休みにピアノを習っていて、翼をくださいならば、多少ゆっくりではあるが弾けるようになったんだ」
そう大友先生は、1組の皆に切り出した。
「ただ、本人の体力的なこともあって、かなりゆっくり目でのペースでしかピアノを弾けないんだ。今、歌っているスピードに比べたら、かなりテンポ遅くなると思う、歌いづらいとは思う、けど1番だけでも良いから、彼女がピアノを弾いて、皆が歌うというのをやってみないか?」
その後、これからピアノと合わせた練習もしていないのに間に合うのかとか、いろいろ討論はされたらしいが、最終的に1番だけならということで、ゆみのピアノで皆が歌ってくれることになったらしい。
そうと決まると、その後の大友先生は大忙しだったようだ。
短時間で良いから、ゆみがピアノで1組が歌うという時間を、合唱祭のスケジュールの中にねじ込むために、あっちこっち奔走したようだ。
「大友先生、教頭からお電話です」
馬宮先生は、大友先生に電話を取り次いでいた。大友先生は、合唱祭のスケジュールに、ゆみのピアノをねじ込むために、いろいろな事務手続きに忙しそうだった。
「それ、私がやりますから。大友先生は教頭のところに行ってください」
小等部の担当なのに馬宮先生も、大友先生を手伝ってくれたらしかった。そして、ゆみは体育館の合唱祭、ステージ裏に呼ばれて、皆の前でピアノを弾いたのだった。
「良かったね」
祥恵は、帰りの車の中で、ゆみに言った。結局、合唱祭の日の帰りは、祥恵も一緒にお母さんの車に乗って家へ帰ることになった。
「え?」
「ピアノよ、ピアノ。ゆみ、朝は、どうせ自分なんか合唱祭じゃ何もしない、見ているだけなんだからとかすねていたじゃない」
「あ、うん」
ゆみは、嬉しそうに祥恵に答えた。
「それにしても、ゆみはずっと大友先生とピアノの練習していたんだ?」
「うん、っていうか馬宮先生に習っていたの。音楽室で、皆でお弁当を食べ終わったあとに。はじめは馬宮先生の弾くピアノを聴いているだけだったんだけど。そのうち、教えてくれるようになって」
ゆみは、祥恵に答えた。
「本当、ゆみちゃんがピアノ弾けるなんて知らなかったわ」
運転しているお母さんも、運転席から後ろの座席の2人に声をかけた。
「お母さん、後ね、あたし猫ふんじゃったも弾けるんだよ」
「あ、そうなの。今度、聴かせてね」
「うん」
ゆみは頷いた。
「猫ふんじゃったって、美奈ちゃんやまりちゃんに怒られちゃうじゃない」
「本当に、美奈ちゃんたちのこと踏んじゃわないもの」
ゆみは、祥恵に言った。
「あたし、ピアニストになろうかな?」
ゆみは、祥恵に言った。
「ピアニストって。あの弾くスピードで、翼をくださいと猫ふんじゃっただけじゃ、さすがにピアニストは無理でしょう」
祥恵は、ゆみの言葉を聞いて、笑顔で笑った。
「それにしても、大友先生って良い先生ね」
「そうだね」
祥恵は、お母さんに返事した。
「生徒のために、あんなに一生懸命になってくれるなんて」
「そうね、私は別に、特に特別なこと、大友先生にしてもらったことはないけど」
祥恵は、笑顔で答えた。
「祥恵は、あんまり大友先生とは話したりしないの?」
「そんなことないけど、音楽は大友先生に習っているし・・」
祥恵は、お母さんに答えた。
「でも、どちらかというと、ゆみの方が大友先生とよく話しているかな」
「そうなの。とっても良い先生だわ」
「佐伯先生よりも・・」
祥恵は、お母さんに質問しながら、笑っていた。
「まあ、佐伯先生も良い先生よ。頭、もじゃもじゃラーメン頭で、すこしぶきっらぼうな先生だけど」
お母さんは、祥恵に答えた。
「でも、いろいろ佐伯先生も、大友先生も生徒思いの先生ばかりよね。明星学園の先生たちはみんな良い先生ばかりよ」
「確かにそうだね」
祥恵は、お母さんに答えた。
「あたし、野口先生が一番好き」
ゆみは、答えた。
「野口先生?」
「図書室の先生よね。ゆみは、お姉ちゃんのバスケが終わるの待っている間、いつも図書室で野口先生と一緒にいたんだものね」
お母さんは、祥恵に説明した。
「ああ、あの図書室の女の先生のことか」
小等部の頃から運動ばかりで、あまり図書室とは縁遠かった祥恵は、あまり興味無さそうに答えた。
「お母さん、これ」
車が家の駐車場に着いて、車から降りると、祥恵は、朝お母さんからもらったお札を返した。
「夕食、百合子たちと食べてくるつもりだったけど、食べなかったから」
「いいわよ。それは持っておきなさい。また別の日にでも、百合子ちゃんたちとごはん食べに行けばよいでしょう」
お母さんは、祥恵にお札を戻した。
「お母さんも、今日合唱祭に行って、ゆみちゃんが学校で過ごしているところを見て、感動したから、これからはもっともっとゆみちゃんの学校に行って、車でお迎えしてあげたいと思っているから、その日は、あなたはお友達とごはんでもしてきなさい」
「ゆみの送り迎えするの?」
「ええ」
お母さんの返事を聞いて、これは当分ゆみの甘えん坊はなおらないだろうなと、祥恵は思った。