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85 次の港へ
「お父さんは、このまま船に戻るぞ」
ばんやのレストランでお酒が入って少し良い気分になっているお父さんが、祥恵に言った。
「私も行くよ」
祥恵は、お父さんの後についてヨットに戻る。
「祥恵、お父さんのことを宜しくね」
お母さんは、祥恵に声をかけた。
「わかった」
祥恵は、お父さんの後についてヨットに乗りながら答えた。
ゆみも、ヨットの前まで行った。
「ゆみは、お母さんと民宿に泊まるんでしょう?」
祥恵は、ついてきたゆみに言った。
「美奈ちゃん、ギズちゃん、まりちゃん!」
ヨットの中に向かって、ゆみは声をかけた。
ニャーン
ヨットのキャビンの中から猫たちがデッキに上がってきた。
「あたし、今夜はお母さんと民宿に泊まるの。あなたたち、ヨットでお留守番出来る?」
猫たちは、ゆみに頭を撫でてもらって嬉しそうにしていた。
「お姉ちゃんとお父さんは、ヨットで一緒にお泊まりしてくれるから」
「ほら、美奈ちゃんたち、こっちにお出で」
猫たちは、ちょっと名残惜しそうに、ゆみの方を見てから、キャビンの中から呼ぶ祥恵のところに戻っていった。
「メロディは一緒に行こう」
ゆみは、メロディを連れて、お母さんと民宿に戻っていった。
次の日の朝、ゆみはお母さんとメロディと一緒に民宿をチェックアウトして、漁港に泊まっているヨットに戻ってきた。
途中、漁港に戻ってくるまでの道で小さなパン屋さんを見つけて、お母さんは、そこに置いてあった小さな菓子パンを少し買っていた。
「なんか美味しそうなにおいがする」
ゆみは、キャビンの中に入ると、ガスレンジの上に置いてあるお鍋から良いにおいをかいだ。なんかお味噌汁のようだった。
「ゆみも食べる?」
「うん」
ゆみは、祥恵にすくってもらったお椀のお味噌汁を飲んだ。
「私が釣って、お父さんがお味噌汁を作ったんだよ」
祥恵は、ゆみに言った。
「釣ったって?」
「朝、あそこの岸壁で、この網ですくったの」
「え、このカニさん?」
「そうよ」
祥恵は答えた。
「あそこで生きていたの?かわいそう、あたし、食べちゃった」
ゆみは驚いて、お椀の中のお味噌汁を改めて眺めた。
「かわいそうって、しょうがないじゃない。食べなきゃ、私たちだって生きていけないのだから」
祥恵は、ゆみのことを笑った。
「ごめんね」
ゆみはお味噌汁の中のカニに謝ってから、もう一度、お味噌汁をすすった。
「でも美味しい。お父さんが作ったなんて信じられない」
ゆみは言った。
「お父さんは、けっこう料理上手なんだぞ」
外で出航準備をしていたお父さんが、ゆみに言った。
「さあ、出航するぞ!」
お父さんは、ヨットを港から出した。祥恵がヨットのセイルを上げて、ヨットは風を受けて走りはじめた。
ゆみは、またけっこう到着まで掛かるんだろうなと海を眺めながら思っていたら、しばらくすると、祥恵がさっき上げたばかりのセイルを下ろし始めた。
「もうじき到着するからね」
「え、もう着いたの?」
ゆみは、祥恵に聞き返した。
「ほら、あそこに港が見えているでしょう」
祥恵が指さした方角に、小さな港があった。昨日、泊まった保田の港よりもさらに小さな港っぽかった。
「勝山って港よ」
「すぐに着いたね」
ゆみは嬉しそうに言った。
「明日泊まる港は、もう少し遠いから今日よりは時間が掛かるかな」
お父さんが言った。
「ここの港は民宿はありますか?」
お母さんは、お父さんに聞いた。
「うん。一軒ぐらいはあると思うよ。しかし、行く先々で民宿にばかり泊まっていたら、ヨットで来る意味ないだろう」
「別に移動はヨットでも良いけど、私は夜寝るときぐらいは、ちゃんと海の上じゃないところで寝たいんです」
お母さんは、お父さんに返事した。
「ゆみは船酔いとかするのか?」
「ううん」
ゆみは、お父さんに聞かれて答えた。
「この子は、昔から車もバスも乗り物酔いには強いみたいですよ」
お母さんが、お父さんに言った。
「このまま船を港に入れたら、午後は時間があるからマザー牧場にでも行こうか?」
「マザー牧場?」
「電車かバスに乗れば1駅ぐらいだから。いっぱい動物いるぞ」
お父さんが、ゆみに言った。ゆみは動物と聞いて、大きく頷いた。
そんなわけで、ヨットを港に泊め終わると、皆は電車に乗ってマザー牧場に出かけていった。といっても、猫と犬たちは、ヨットにお留守番だ。
マザー牧場に着くと、まずは遅めの昼食をとった。
その後、ラマやら羊やら動物たちと一緒に遊んでからヨットに戻ってきたゆみたちだった。
「ゆみって、小さい頃よりは体力ずいぶん付いてきたよね。もしかして八ヶ岳も行けたかもよ」
祥恵は、マザー牧場の山の道を走っていたゆみの姿を見て、お母さんに言った。
「それは無理でしょう。マザー牧場の丘と八ヶ岳は比べものにならないでしょう」
お母さんは、祥恵に返事した。
「もしかしたら、お母さんが一緒についていれば八ヶ岳も登れたかも・・」
「そうね」
お母さんは答えた。
「そうね、じゃないって。ちょっと、お母さんやめてよね。中学にもなって、子どもの学校行事にくっついてくるなんて」
祥恵は、本気でゆみのためなら学校の八ヶ岳登山にも着いてきそうなお母さんに苦笑していた。
夕食もマザー牧場のレストランで食べ終わって、戻ってきたゆみは少し疲れていた。ヨットを泊めてある漁港まで戻る途中に、一軒の風呂屋があった。
「お父さんと祥恵は、ここで風呂に入ってからヨットに戻るから」
「それじゃ、お母さんたちは民宿に戻りましょう」
お母さんは、風呂屋の少し向こうにある民宿に、ゆみを連れて戻ることになった。
「あたしたちはお風呂は?」
「私たちは、民宿にお風呂ついているから」
ゆみは、お母さんと民宿に戻って風呂に入り、一日中遊んで疲れたのかぐっすり眠ってしまった。
「お父さん、そっちだからね」
祥恵は、男湯のほうを指さしながら、自分は女湯に入った。
「祥恵なら、まだ一緒でも大丈夫かもしれないぞ」
「無理だから。中学なんだから」
祥恵は苦笑して、お父さんと別れて風呂に入ったのだった。
館山城へにつづく