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高級レストラン
「どこ行くの?」
ゆみは、お母さんに聞いた。
「お夕食を食べに行くのよ」
お母さんは、ゆみに説明した。ゆみたち家族4人は、葉山マリーナのポンツーンに停泊したヨットから降りると、出かける準備をしていた。
「あ、ちょっと待ってね」
ワンピースを着ている祥恵は、揺れるヨットの上は歩きづらいので、一歩ずつデッキの上を踏みしめながらヨットから降りてきた。
「あー、歩きにくかった」
祥恵は、ポンツーンに降り立つと、つぶやいた。
「だから、スカートなんか履くからよ」
「うるさい」
ゆみが祥恵に言うと、祥恵は軽くゆみの頭をポンと叩いた。
「あ!」
ゆみは、ポンツーン脇の海上に何かを発見したのか、祥恵の立っている横にしゃがみ込んで、海の中を覗きこんだ。と、その後すぐに祥恵の足元から上へスカートの中を覗きこんだ。
「ちょっと何よ」
祥恵は、ゆみがいきなり自分のスカートの中を覗きこんだのでびっくりして叫んだ。
「お姉ちゃん、赤い色のパンツだね」
「赤?赤じゃないよ」
祥恵にそう言われたので、ゆみはもう一度祥恵のスカートの中を覗いて確認してみる。
「ほら、赤じゃん。薄い赤でしょう!」
「赤じゃないよ。薄い赤って。ピンクでしょう」
「あ、ピンクか」
ゆみは、祥恵に言われて訂正した。
「それがどうしたの?」
「だって、お姉ちゃんのパンツ映っているんだもん」
ゆみは、ポンツーン脇の海を指さして言った。
「えっ!」
祥恵が、ゆみの指さす海を見ると、時刻は夜の7時、暗くなってきていて、ちょうどマリーナの明かりが海面を照らしたところが、確かに祥恵のワンピースの中を映し出していた。
「いやだ、本当だ!」
祥恵は、あわててワンピースの裾を抑えて、海面沿いから離れてポンツーンの中央付近を歩くようにしていた。
「もう安心だね」
祥恵は、ポンツーンから上がると抑えていたワンピースの裾を離し、振り向いてお母さんと一緒にいるゆみに言った。ゆみの方は、お母さんとの話に夢中になっていて、もうすっかり祥恵のパンツのことなんか気にしていなかった。
「ごはんって、お外に行くの?」
ゆみは、先を歩いているお父さんの後ろについて歩いていたら、お父さんが葉山マリーナの外に出て行ってしまったので、質問した。
「お外ですって。ここのマリーナのすぐ近くにあるレストランで食事するみたいよ」
お母さんは、ゆみに言った。けっこう遠いのかなと思って、くっついて歩いていたゆみだったが、しばらくすると、お父さんは立ち止まり、一軒の店の中に入っていってしまった。
「あそこ?」
「そうみたいね」
お母さんも、どこのお店か正確には知らなかった。
「早く入ろう」
祥恵が、お父さんの入っていったお店の扉を開けて、中に入る。お店の中は明かりが少なく、暗くなった店内に品の良い音楽がBGMで流れていた。
「すごい!高級レストラン」
ゆみは、お母さんの耳元でそっと囁いた。
「そうね」
お母さんも少し緊張した表情で、ゆみの手を握ると店員に案内されるまま、席に着いた。
「今日は、今年の夏のクルージングも半分終わって、残り少ないし、少し良いものを食べような」
お父さんは、メニューを覗きながら皆に言った。
「祥恵も、ここのお店は来たことあるの?」
「え、昔に1回ぐらい来たかな・・」
祥恵は、お母さんに聞かれて返事した。
「うん。前に葉山に車で来たときに、祥恵は1回ぐらい連れていったよな」
「そうだね。岡本さんたちと一緒に食べに来たんじゃなかったっけ?」
「そうだったな」
お父さんと祥恵は、話していた。岡本さんというのは、横浜にあるお父さんのヨットを停めているヨットクラブの仲間で、お父さんと同じく34フィートのヨットを、そこのヨットクラブに停めている人だった。
「けっこう高いんじゃないの?」
お母さんは、そっとお父さんの耳元で訪ねる。
「そんなでも、それほどでもないよ。今日は、お父さんが全部出すから心配しないでいいよ」
お父さんは、お母さんに返事した。
「ゆみなんか、お店に入った瞬間からすごい高級レストランとか言っていたわよ」
「はは。そうか、高級レストランは良かったな」
お父さんは、ゆみのことを笑った。
「ゆみ、こんな高級レストランは一生のうち二度と来れないからな。しっかり美味しいものをいっぱい食べておけよ」
ゆみは、お父さんに言われて小さく頷いた。ボーイさんがやって来て注文を取っていた。お父さんが、メニューを見ながら皆の分も注文してくれていた。
「ゆみ。どれをどう注文したら良いか自分ではわからない」
「お母さんもわからないわ」
お母さんも、ゆみに同意した。それから皆は、静かに注文した食事が運ばれてくるのを待っているのだった。
三崎へにつづく