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46 お食事会
ゆみたちが入った奥の部屋は、大変賑わっていた。
外の大人たちも参列していた会場は、お葬式ということで静かにしめやかに行われていたが、こちらの部屋には、かおりと同じ学校、ゆみたちの通っている明星学園の生徒たちばかりで、ときおり学校の生徒ではない、かおりの個人的なお友だちや従兄弟たちがいるぐらいだった。子どもたちばかりのせいか、静かに暗く厳かに過ごすというよりも、皆、かおりとの思い出話などをけっこう賑やかに大騒ぎで話して過ごしていた。
火葬場は、お寺のすぐ近所のようで、お棺と一緒に出かけたかおりのお母さんも火葬が終わるまでの間、こちらに戻ってきて、ここの会場にいた。
「皆さん、遠慮せずにいっぱい食べてね。お葬式だからって暗くなる必要はないですから、ぜひいつも学校でかおりと過ごして下さっていたように、いろいろお話を聞かせてくださいね」
かおりのお母さんは、参列してくれた学校の子たちに告げていた。
鳥居たちは、宴席の中に斎藤城たち1組の男子たちの姿を見つけた。奥の宴席は和室の部屋だったので、入り口で靴を脱いで畳の上に上がり込む。
「城。焼香とかは終わったのか?」
鳥居たちは、城に聞いた。
「とっくに終わっているよ。おまえら来るの遅いよ」
城は、鳥居たちに答えた。
「さあ、私たちも上がらせてもらおうか」
大友先生は、ゆみと麻子に言って、靴を脱いで畳の上に上がった。ゆみも、麻子も、大友先生の後ろに続いて、靴を脱ぎ、畳の上に上がった。
「田中、来るの遅いんだよ」
1組の星野は、後から来た田中に側に転がっていたカーディガンを投げつけた。
「なんだよ。遅くてもしょうがないだろう。色々やることがあったんだから」
田中は、星野に投げつけられたカーディガンを拾い上げて言った。
「え、なんか、このカーディガン臭くないか」
田中は、拾い上げたカーディガンに鼻を近づけて言った。
「え、どれどれ。臭えよ!」
小汀も、田中の持っているカーディガンに鼻を近づけて嗅いでから答えた。
「へへ。それ、秋吉のカーディガン。さっき、お寺の前の道に転がっていた犬の糞を踏んづけたから、臭っているんだよ」
星野や佐藤たちは、秋吉のカーディガンの臭いを嗅いで、しかめっ面している田中たちの顔を面白そうに笑いながら答えた。
「なんで、こんなもん、こっちに投げてよこすんだよ!」
田中は、星野にカーディガンを投げ返しながら言った。田中の投げたカーディガンは、星野のところまで届かず、途中にいた城の前に落ちた。
「臭え。こっち投げるなよ」
今度は、城が秋吉のカーディガンを投げる。しばらく男子たちは秋吉のカーディガンを投げ合って、臭い臭いと大声で笑いあっていた。
「お前ら、葬式なんだぞ」
そんな大騒ぎしている田中たちに、学級委員でもある佐藤が注意した。
「いいのよ。ぜひ、そのまま大声でいつものように騒いでください。その方が、うちのかおりも皆に見送ってもらえて喜んでいますから」
かおりのお母さんは、逆に大声で騒いで楽しんでいる男子たちの姿を見れるのが嬉しそうだった。と、男子たちの投げ合っていたカーディガンが、ゆみの前に飛んできて落ちた。
「あ、大丈夫?ゆみ」
麻子が、ゆみの前に飛んできたカーディガンをどけようとしてくれたが、その前に、ゆみがカーディガンを拾い上げていた。ぷーんと犬のウンチの臭いがカーディガンからゆみのところにも臭ってきた。
「え、いやだ!臭い!」
ゆみも、そのカーディガンを思わず遠くに投げてしまった。ゆみの投げたカーディガンは、大友先生の前に落ちた。
「はい、このカーディガンはそっちのハンガーにでも掛けておこうな」
大友先生は、カーディガンを拾い上げると表のハンガーのところに持っていこうと立ち上がった。
「しかし、本当に臭いな」
大友先生は、手にしたカーディガンを少し嗅ぎながら、秋吉に言った。秋吉は、先生にまで臭いと言われて、ちょっと罰の悪そうな顔をしていた。
「あれ、ゆみ。葬式にちゃんと来ているじゃないか」
男子たちと騒いでいるゆみの姿を見つけて、奥の席に百合子たちと座っていた祥恵が、百合子に言った。
「ね、来たんだね。良かったじゃない」
百合子も、ゆみの姿を確認して祥恵に答えた。
男子たちは、カーディガンの投げ合いが終わると、今度は部屋の隅に転がっていたお手玉を投げ合っていた。ゆみも、麻子と男子たちと一緒になって飛んでくるお手玉を投げ合っていた。
「ちょっと、あの子ったら」
祥恵は、席を立ってゆみの側に行った。
「ゆみ、あんた何をしに来たの?せっかく来てふざけているんじゃ、仕方ないじゃないの」
祥恵は、ゆみに注意した。
「大丈夫だよ。皆で楽しく、かおり君のことを送り出してあげているんだから」
大友先生が、祥恵に注意されたゆみのことをかばってくれた。
「うん!」
ゆみは大友先生に頷いてから、前に落ちてたお手玉を祥恵に投げた。祥恵は、さすがに運動神経抜群、バスケ部の生徒だけあって、ゆみの投げたお手玉をキャッチしてから、ゆみのことを睨んだ。
「お姉ちゃん、ごめんなちゃい」
それを見た麻子が、祥恵にお茶らけながら謝ってみせた。
「お姉ちゃん、ごめん、なちゃい」
ゆみも麻子のマネをして、祥恵に謝った。
「もうしょうがない子ね」
そう言うと、祥恵は奥の百合子たちと座っていた席に戻っていった。その戻っていく祥恵の後ろ姿に、麻子がふざけてお手玉を投げつけた。それを見て、ゆみも麻子のマネをして、もう一個のお手玉を祥恵に投げつけた。
「あ、ゆみ!」
祥恵は、自分に投げつけられたお手玉を拾うと、ゆみに投げ返した。
「そっちは、あたしが投げたんじゃないよ」
「はーい、あたしが投げました(^o^)」
麻子が笑顔で、祥恵に答えた。
「もう麻子まで・・」
祥恵は、麻子に苦笑していた。そう言うと、バスケ部で毎日鍛えている運動能力で素早く、ゆみに飛び掛かると、ゆみの身体を抑え込んでしまった。
「お姉ちゃん、痛い!」
「痛いわけないでしょう。ちゃんと力加減抑えて、抑えつけているんだから」
そう言って、祥恵は、小さなゆみの身体を軽々と持ち上げてから、自分の膝の上に乗せた。
「さあ、捕まえた!どうしようかな」
祥恵は、自分の膝の上のゆみのことを笑顔でくすぐっていた。
「え、やだやだ・・」
「ほら、くすぐったいだろう!?小等部の頃、いつもマラソン大会でライバルだった私が、笑顔で妹のことじゃらしている姿を見たら、きっと、いたずら好きだったかおりも笑顔で喜んでいるだろうね」
「うん、ぜったい喜んでいるよ」
麻子が、祥恵の言葉に賛同していた。
「私は、ちっとも喜んでいないよ」
祥恵にくすぐられているゆみが、お姉ちゃんに抗議したが、それは皆の声にかき消されてしまっていた。かおりのクラスの皆が、楽しそうに遊んでいる姿を見て、かおりのお母さんはすごく嬉しそうだった。