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35 家庭科
「行ってきまーす!」
ゴールデンウィークが明けて、また学校が通常通り始まった。
ゴールデンウィーク中もずっと学校の部活に行っていた祥恵と一緒に、今日からゆみも学校に通うのを再開だった。
「今日から家庭科の授業があるよ」
祥恵は、ゆみに言った。
「うん。どんな授業だろう?」
「家庭科だから、おうちの中のお母さんが普段やっているようなことを習う授業じゃないかな。ゆみは、よくお母さんと一緒に料理とか手伝いしているから、けっこう得意の授業じゃないの」
「そうかな」
ゆみは、祥恵に言われて頷いた。
その家庭科の授業は、3時限目だった。家庭科の授業は、いつもの1組の教室ではなく、中等部の校舎を出て、小等部の平屋の校舎の目の前にある、同じく平屋建ての建物の中に教室があった。
ゆみたち1組の生徒は、3時限目の家庭科の授業が始まる前に教室に移動する。教室には、1組のうち女子の生徒たちしかいなかった。男子の生徒たちは皆、その隣の木工の教室で授業を受けることになっていた。
「男子はお隣なんだ」
ゆみは、家庭科の教室の窓から隣の木工室の男子たちを眺めながらつぶやいた。
「うん、そうだね。星野たちも隣だね」
1組のクラスでゆみが仲良くなった麻子と真弓が、ゆみに言った。家庭科の教室の席は、1組の教室の席と違って誰がどこに座るか決まっているわけではない。皆、空いている席にそれぞれ仲の良い生徒と一緒に座っていた。祥恵は、美和と百合子と並んで後ろの方の席に座っていた。
「こんな後ろじゃ、小さいから授業がよく見えないよ」
ゆみが後ろの席に座った祥恵に言うと、
「それなら、ゆみは前の方の空いている席に座ってくれば良いじゃない」
そう祥恵に言われたが、ゆみは姉と離れづらくて後ろの席に座っていた。すると、麻子とまゆみがやって来て、ゆみのことを誘ってくれて、今は、ゆみも麻子たちと一緒に前の方の席に座っているのだった。
「ええ、すごい!」
ゆみは、思わず木工室の男子たちが教室の前の薪とか大きな木の切り株が置かれているところにやって来て、そこで大きな斧を振り回して薪割りを始めたのを見て叫んでしまっていた。
「確かに、よくあんなデカいものを振り回して、あんな大きな木を割ったりできるよね」
麻子も、木工室の男子たちの姿を見て驚いていた。
身体がヒョロと細長く背の高い、頭の髪に白髪が交じったごま塩スポーツ刈りの中年男性教師が男子生徒たちの周りを回って、薪割りのやり方を指導していた。
「ほらほら、男子ばかり見ていないで、あなたたちも自分の作業をちゃんとやりなさい」
家庭科の40代の女性教師が、木工室を眺めていたゆみたちのところにやって来て注意した。ゆみは、先生に注意されて慌てて、自分の机の上にのっている生地を手にとって縫い始めた。
家庭科といっても、家の中のお料理とかお掃除とかの授業をやるわけではなかった。7年生の1学期ではタピストリーという壁に掛ける装飾品を作るのが課題だった。
大きな布の画面、キャンパス上に、パッチワークや糸などを縫い付けて絵を描いていく。その絵を壁にぶら下げられるように壁掛けの装飾を取り付けて完成となるのがタピストリーだ。それを1学期の家庭科の授業で毎回少しずつ仕上げていかなければならないのだった。
ゆみは、姉の祥恵のように運動することは苦手だったが、こういった手先を使って何かを作り上げていく作業は得意で好きな方だった。
「針の先で指を怪我すると大変だから気をつけてね」
先生が、ゆみたち1組の女子たちの周りを周って、裁縫のやり方を指導してくれている。
まだ最初の家庭科の授業なので、結局今回の授業では、だいたいどんな大きさのタピストリーが出来るのか、そこに皆、それぞれがどんな絵、装飾を施して仕上げていくのかを決めるところまでで時間が来てしまって終わりになってしまった。
「それじゃ、今日の授業はここまで。まだ、どんな柄にしたいか決まっていない人は、次の授業までにどんな柄に仕上げたいかを決めてきて下さいね」
初めての家庭科の授業は終わった。家庭科の授業が終わると、今日の午前中の授業は終わりで、午後の授業が始まるまでお昼休み、自由時間だった。
「ゆみちゃん、ちょっと木工室に寄っていかない?」
「星野たちがどんなことやっているか見ていこうよ」
ゆみは、麻子と真弓に誘われた。
「うん、見てみたい!」
ゆみも、男子たちがやっていた木工の授業に興味があったので、教室に戻る前に麻子たちと一緒に隣の木工室に寄っていくことになった。
祥恵は、美和たちと先に教室に戻ってしまっていた。
ゆみたち3人は、家庭科の教室を出ると、すぐ隣の木工室に移動した。移動したといっても、木工室の中にまで入ったわけではなかった。男子たちは、木工室の中ではなく、木工室の目の前の庭というか、木の切り株や薪がたくさん積まれている表で、斧とかを振り回していたのだった。
「すごいね。重くないの?」
ゆみは、麻子たちと木工の作業をしている星野たちの横に行って、声をかけた。
「重いよ。こういうの嫌い」
肩まで下した長めの髪を、黄色いリボンで結んでいた星野が、女の子っぽい声をだして、悲鳴をあげていた。
「どれ、貸してごらん」
真弓が、星野から斧を取り上げて、担いでみた。
「そんなに重くないじゃん。どうやって、薪割りするの?」
真弓が、斧を両手で振り上げながら、星野に聞いた。やり方をよくわかっていない星野に代わって、木工のごま塩先生が、真弓の後ろから斧を一緒に持って、斧の振り方を教えてくれた。その通りに、真弓が斧を振り上げて、薪を割ってみた。薪は、見事に半分に割れた。
「星野、お前より斧の使い方が上手じゃないか」
先生が真弓に言った。
「ああ、いいな。真弓、俺と木工の授業を代わってよ。俺が家庭科の授業に出るよ。裁縫とか料理の方が好き」
星野は、真弓たちに言った。