※スマホの方は、横向きでご覧下さい。
56 転校生
「彼の名前は、良明といいます」
佐伯先生は、1組の生徒たちに新しい転校生を紹介した。転校生は、グリーン色に胸と背中に大きくナンバーの入ったトレーナーを着ていた。
「彼は、ずっとお父さんの仕事の関係で、ニューヨークに住んでいました。ついこの間、ニューヨークから戻ってきたばかりで、まだ日本語が上手でないところもあるかもしれませんが、皆さんいろいろ親切にしてあげてください」
佐伯先生は、クラスの皆に言った。
合唱祭も終わり、2学期の期末試験も終わり、年を越して新しい年、3学期に入っていた。3月を越えたら、皆も7年から8年に進級するという時期だった。こんな時期の転校生は、ちょっと珍しいとは思ったが、お父さんの仕事の関係でアメリカから帰国してきたというので、時期がちょっとずれているのかもしれない。
「ええっと、どこの席にするかな」
佐伯先生は、教室の中を見回した。が、空いている席は、窓側一番先頭、祥恵の隣の席しかなかった。
1学期の終わる頃、ゆみが、かおりと仲が良いというのを知って、佐伯先生が、そこの席を席替えでかおりの席にしていたのだった。
もちろん、そのかおりは今はもういない。空席だった。
「祥恵。そこの席いいか?」
「はい」
祥恵は、空席なので机の上に自分の私物を置いていたのだったが、それをどけながら佐伯先生に返事した。
「良明。ここが君の席だ」
佐伯先生は、良明のことを祥恵の隣の席に座らせた。
「こんにちは、祥恵といいます。よろしくね」
「はい、どうも」
祥恵が自己紹介すると、良明は聞こえるか聞こえないぐらいの蚊の鳴くような小声で祥恵に返事した。静かな性格の子なのだろうか。
「おとなしい子なんだね」
祥恵は、良明からあんまり返事が期待できそうもないので、反対側の隣のゆみに言った。
「そうなんだ」
「うん。ニューヨークに住んでいたんだってよ」
祥恵は、ゆみに言った。
「うん。先生が言ってた。夕子さんと同じだね」
「あ、そうだね。っていうか、あんただってそうでしょうが」
祥恵は、ゆみに言われて、そう言えば小倉夕子も小さい頃、ニューヨークに住んでいたことを思い出した。
「ね、うちのクラスにもう一人、ニューヨークに住んでた人いるんだよ。紹介するから、ちょっと来ない?」
祥恵は、昼休みに良明のことを誘った。祥恵は、良明のことを連れて、教室の後ろ、置いてあるシングルソファに座っている小倉夕子のところに移動した。
「夕子っていうの。彼女もニューヨークに住んでいたんだって」
祥恵は、小倉夕子のことを良明に紹介した。
「おっす!」
夕子は、いつもの男勝りな口調で、良明に挨拶した。良明は、静かな蚊の鳴くような小声で、夕子にも、どうもと会釈した。良明は、寡黙な少年なのかもしれない。
「ええ、夕子ってさ。アメリカの、ニューヨークに住んでいたっていうから、そんな結構男っぽい性格なのかと思ってたけど、良明は、ぜんぜん夕子と性格が正反対なんだね」
2人の会話を聞いて、百合子が言った。
「そりゃそうだよ。私、ニューヨークに行く前から、こういう性格だったもの」
夕子が、百合子に答えた。
「にしても、良明って本当に静かだね」
祥恵は、黙って夕子の横の空いていた椅子に座っている良明に言った。さっきから、ここに来てずいぶん経つのに、夕子たち皆が話した言葉に比べると、良明が発した言葉はほんの数個しかなかった。
「あ、祥恵。部活行かなきゃ」
「そうだね」
しばらく雑談していた祥恵と美和、それに夕子もバスケ部があるので教室から出かけてしまった。1人残された良明は、しばらくそこの椅子に腰かけていたが、誰も帰ってこないし、今日はもう授業は全部終わりだと気づいて、そそくさと席を立つと家路についてしまった。
「次、英語の授業だよ。英語は、当然、良明は得意だよね」
祥恵は、良明に聞いた。
「はあ、まあ・・」
もう転校してきてから一週間は経っているというのに、良明は相変わらず物静かというか、発する言葉が小さいし、少なかった。
祥恵は、本当はニューヨークの話とか興味あるので、もっと良明から聞きたかったのだが、それを聞けるのはいつの日になるやらわからなかった。
「良明って、私が聞けば、いちおう小声ではあるが、いろいろ答えてはくれるんだけど、あんまり自分からは話したりしてくれないよね」
祥恵は、女子更衣室で部活に出るため、運動着に着替えながら話していた。同じバスケ部の美和や小倉夕子も、祥恵の横で一緒に着替えていた。
「ね、美和。また胸大きくなった?」
「うん。ブラがきつくて、また買い替えなきゃだめかも。祥恵は、相変わらず胸はペタンだね」
美和が、祥恵のブラの上から胸を押しながら笑った。
「そうなんだよ。ぜんぜん大きくならなくて、ブラいらないんじゃないかっていうぐらい・・また、正一にぺちゃパイとか言われちゃうねって、美和うるさいな」
祥恵は、自分の胸から美和の手を払いのけながら、苦笑していた。
「あのさ、私、ニューヨークに住んでいた頃、朋子ちゃんって同い年の友達がいたんだけど」
「へえ、そうなんだ。朋子ちゃんも男っぽい性格なの?」
「ううん。朋子は、可愛い女の子よ。いつも黄色のワンピース着てて。赤い布製の靴を履いてて、正面に黄色のりんごのパッチワークが付いている、あの靴、履いているの可愛かったな。まあ、中学になった今も履いているかどうかはわからないけど」
「そうなんだ。朋子ちゃんって可愛らしそうな子ね」
美和が、夕子に返事した。
「うん。朋子は可愛い子だったよ。周りの男子にも人気あったし。って、そうじゃなくて、その朋子に良明のこと聞いたんだ。そしたら、朋子も良明のこと知っていた」
「え、そうなの?」
「向こうで同じクラスでは無かったらしいんだけど、私も会った事はあるんだけど、ニューヨークで隆さんって20代中ほどの人がいて、彼って向こうで交通事故で両親を亡くしていて、それ以来、まだ幼かった妹のゆみのお父さん代わりしながら、向こうでずっと暮らしているんだけど・・」
「へえ」
「その隆さんの妹さん、彼女が良明と同じクラスだったらしいよ」
小倉夕子は、2人に朋子から聞いた話をした。
「それで?」
「今夜、隆さんの妹、ゆみちゃんって言うんだけど、彼女からチャットもらえることになってるの。そしたら良明のこと色々わかるかも」
「へえ、それは楽しみ」
「私も、ゆみちゃんとは、あまり話したことないんだけどね。朋子は、ゆみちゃんとも仲良くて、間に入ってくれてさ、チャットしようって約束してるんだ」
「っていうか、その隆さんの妹さんって名前がゆみっていうんだ」
「そう、そうだね。祥恵の妹と同じ名前だね」
「まあ、ゆみって、ありがちな名前だけどね」
祥恵は笑った。