今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

江ノ島

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「あれ、なあに?」

ゆみは、目の前にポツンと浮かんでいる島を指さして、祥恵に聞いた。

「あれは江ノ島」

祥恵は、ゆみに答えた。ゆみたちの乗るヨットは、伊東で一泊した後、次の日の朝になると、伊東港を出航していた。そして、しばらく走っていると目の前に、ポツンと浮かんでいる江ノ島が見えてきたのだった。

「江ノ島って、よくお天気とかで出てくるところ?」

「そうよ」

お母さんは、ゆみに答えた。

「へえ、江ノ島ってあんな島なんだ」

ゆみは、目の前の江ノ島を見てつぶやいた。海の上、海上から眺めると陸側から見たときの江ノ島とはぜんぜん違う島に見えるから不思議だ。

「江ノ島って、お母さんとラッコを見に行ったことあるよね」

「そうね。ゆみは記憶力がいいわね。そういえば随分前に江ノ島の水族館にラッコを見に行ったわね」

お母さんは、ゆみに言われて思い出したように言った。

「江ノ島の水族館は、もっと陸のほうにあるやつだろう」

お父さんは、江ノ島から陸地に伸びている橋の先のほうを指さしながら言った。

「あ、そうそう!あの橋を渡ったよね!」

ゆみは、お父さんの指さす橋を見て、改めて思い出したように叫んだ。

「あの橋を渡って、江ノ島の中に入って、綿菓子とイカ焼きを食べたの!」

「そうだったわね。ゆみと一緒に屋台のイカ焼きとか食べたわね」

お母さんは、そんなことまで覚えているゆみの記憶力に感心した。

「ゆみは、そのとき江ノ島のあの上の方にあるタワーの先っぽまで登ったか?」

お父さんは、江ノ島の中央にあるタワーのてっぺんを指さして聞いた。

「ううん」

ゆみは答えた。すると、お父さんはヨットの舵を左に取って、ヨットを江ノ島にあるヨットハーバーの中へと針路を変更した。

「お父さん、どこに行くの?」

祥恵は、突然針路を変更したお父さんに聞いた。

「え、ちょっとだけ江ノ島に寄っていこうかと思ってな」

「本当に江ノ島に停泊させるの?」

祥恵は、再度お父さんに質問した。

「ああ、ほんの少しだけなら停泊できるんじゃないか?」

「そうかな?大丈夫かな?江ノ島ヨットハーバーって、臨時の停泊とか出来ないんじゃないの?」

祥恵は、心配そうだった。

「すみません!一時停泊できますか!?」

お父さんは、ヨットの舵を操船しながら、江ノ島ヨットハーバーの桟橋にいたマリーナスタッフに声をかけた。

「どのぐらいの時間ですか?」

「ああ、お昼を食べて、1時間ぐらいです」

「まあ、そのぐらいでしたら大丈夫です。今が1時ですから午後3時ぐらいまでには桟橋を出港してもらえますか?」

「了解しました」

江ノ島のヨットハーバーの桟橋に2時間ぐらいだけ停泊できることとなった。

「ほら、聞いてみるものだろう」

お父さんは、自分のアイデアで江ノ島ヨットハーバーにヨットを停泊できたことを祥恵に自慢していた。

「でも、今から2時間ぐらいだと江ノ島の頂上までは行って帰ってこれないよね」

「まあ、それは仕方ないさ」

ゆみとお母さんは、キャビンの中のキッチンに入って、お昼のうどんを作り始めていた。今日のヨットでのお昼ごはんは、冷やしうどんと簡単なサラダだ。

「お昼をいただこうか」

出来上がったお昼ごはんを桟橋に停泊させているヨットのデッキ上で食べる。

「今日は、ここでお泊まりするの?」

ゆみは、お父さんに聞いた。

「ここではお泊まりはできないから、3時前には出港して、この対岸に見えている葉山マリーナに行って、そこで一泊する」

お父さんは、ゆみに説明した。

「葉山マリーナって、なんか聞いたことある」

「日本一有名な日本のヨットハーバーだからな」

お父さんは、ゆみに答えた。

「今夜の夕食は、お母さんも、ゆみも作らなくていいからな。葉山マリーナの目の前にあるフランス料理のお店を予約してあるから」

お父さんは、ゆみたちに言った。

「ゆみ、ちょっと見に行ってみようか?」

お昼の食事を終えると、祥恵は、ゆみのことを誘って桟橋の向こうで、小さなヨット、ディンギーを動かしている人たちのところに向かった。

「なんか小さなヨット」

ゆみは、1人から2人乗りの小さなヨットを皆でかついで海に下ろして、乗っている姿をみてつぶやいた。

「小さいヨットとか言ったら、失礼よ」

祥恵は、ゆみの言葉に苦笑していた。しかし、今までゆみが乗っていたお父さんのヨットに比べると、ディンギーというヨットにはキャビンも何も付いていない。人が1人、2人デッキ上に乗ったらもう満員だ。そのデッキ上に乗った人たちは、デッキに散らばっているロープ類を引っ張ったりしながらセイルを動かして操船していた。

祥恵は、小さいヨットとか言ったら失礼と言っていたが、ヨットのことをあまり知らないゆみから見たら、どう見ても今まで乗っていたお父さんのヨットに比べると小さくしか見えなかった。

「ヨットに興味あるの?」

ゆみと祥恵が、岸壁からそのディンギーを眺めていると、その側にいた男性のお兄さんに声をかけられた。

「あ、ちょっと見ていただけです」

「お父さんのヨットとは、ぜんぜん違うタイプのヨットもあるんだなって思って」

ゆみは、その男性にお父さんのヨットを指さしながら返事した。

「ああ、お父さんはクルーザーを持っているのか。すごいね」

その男性は、ゆみに笑顔で答えた。

「初めてだと、こっちのヨットは小さく見えてしまうよね。ちょうど、お父さんのヨットが車でいう普通車だとすると、こっちのディンギーは、バイクみたいなものだよ」

男性は、ゆみにもわかりやすいかと思い、車で例えてくれた。

「お兄さんたちのヨットの方がいっぱいロープあるけど、乗るのも難しいんですか?」

ゆみは、ディンギーを見て質問した。

「うーん、そうでもないよ。初め、ロープの種類とか覚えるのは大変だけど、慣れてしまうとけっこう乗りこなせるようになれるよ」

お兄さんは、ゆみたちに笑顔で答えて、自分のディンギーを海へ下ろすと、出港していった。そのディンギーの船尾の船体には「東大ヨット部」と記載されていた。

「お姉ちゃん、東大ヨット部って書いてあるよ」

「そうね。東大だって有名な大学だからヨット部ぐらいあるんでしょう」

祥恵は、ゆみに答えた。

「東大って、お姉ちゃんの行く大学でしょう?」

「え、まあ、東大の医学部も受験してはみるつもりだけど、お姉ちゃんは東大は行けないわよ、たぶん」

「なんで?」

「なんでって、東大の受験は難しいから」

「そんなに東大って難しいの?」

「うん」

祥恵は、ゆみを連れて、お父さんのヨットに戻っていた。

葉山マリーナにつづく

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