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47 お葬式のあと
「ゆみ、そろそろ帰るよ」
祥恵は、麻子や鳥居たちとかおりのお葬式会場奥の食事室で出てきたお寿司とか食べながら、おしゃべりしているゆみに言った。
「お姉ちゃん、帰るってよ」
「麻子は?」
「あたしは、もう少し鳥居たちとゆっくりしていこうかな」
麻子は、ゆみに言った。
「ええ、じゃあ、あたしも、もう少しゆっくりしていこうかな」
ゆみは、麻子に合わせて言った。
「そう。じゃあ、お姉ちゃん先に帰るから、1人で帰ってきなさいね」
祥恵は、百合子たちと会場を後にしようとしていた。
「ええ・・」
1人で帰り方もわからないし、帰れないゆみは、祥恵の方を恨めしそうに見た。
「お姉ちゃん、帰っちゃうってよ」
「ゆみ。俺らと帰ろうか?」
鳥居が、ゆみに提案した。ゆみは、鳥居の話を聞いて、一瞬そうしようか迷ったが、
「俺ら、帰りは中央線だから吉祥寺駅までだけど」
鳥居がつけ加えたので、帰り道が井の頭線のゆみは、どうしようかますます迷っていた。
「じゃね、ゆみ」
祥恵は、今にも帰りそうだった。
「お姉ちゃんと一緒に帰ったら?」
迷っているゆみに、麻子が助け船を出してくれた。
「うん、そうする。麻子、バイバイ」
ゆみは、麻子たちにバイバイすると、慌てて祥恵の後を追った。
「あんたさ、本当はお葬式のときは、あんなおしゃべりするのではなく、もっと静かにしなくちゃだめなのよ」
帰りの小田急バスの中で、祥恵はゆみに注意した。
「まあ、でも、かおりちゃんのお母さんも、ゆみたちが楽しそうにおしゃべりしているの見て嬉しそうだったし、今回は良いんじゃないの」
百合子と美和が、祥恵に言ってくれた。
祥恵たちは、お葬式の間は学級委員の佐藤たちと一緒に奥の宴席に座っていたのだ。学級委員の佐藤たちと一緒にいたせいか、祥恵たちは会場でとても静かに過ごしていた。
佐藤は、ほっそりした長身で顔もイケメンのかっこいいタイプの学生だった。クラスでも女子に圧倒的に人気のある男子学生だ。そんな佐藤と祥恵は、小等部の頃からいつも仲良くしていた。中等部になった今も、佐藤は男子バスケ部、祥恵は女子バスケ部でよく一緒に行動していた。今でも、ゆみは佐藤がお姉ちゃんの初恋の相手だったのではないかと思っている。
かおりのお葬式会場でも一緒にいたようだった。
「俺、ここだから降りるよ」
小田急バスが学校の前のバス停に停まったとき、佐藤は皆にそう言ってバスを降りた。佐藤の家は、学校から歩いて5分ぐらいのところにあった。なので、学校前のバス停が一番家に帰るには最寄り駅になるのだった。
「じゃね、バイバイ」
祥恵や百合子、美和は、バスを降りた佐藤に、バスの中から手を振っていた。佐藤が降りてしまったので、バスの中には、祥恵、百合子、美和そしてゆみの4人に、あとは男子バスケ部の岩田と柳瀬だけになっていた。
小田急バスは、学校までの折り返し場で折り返すと、そのまま終点の吉祥寺駅を目指す。もう時刻は、いつもの帰る時間よりも遥かに遅くなっていた。
「なんか食べていかない」
「いいね。ちょっと寄っていこうか」
美和たちは、吉祥寺駅前のカレーハウスに立ち寄っていた。
「あたし、どうせ皆と方向違って井の頭線だし、先に帰るね」
祥恵は、ゆみの手を握ってカレーハウスに寄っていく皆と別れた。祥恵も、本当だったら、百合子や美和たち皆とカレーハウスでカレーを食べて行きたかったのだが、ゆみが一緒なのであきらめた。
「お腹空いたね」
祥恵は、井の頭線の座席にゆみを座らせてから言った。ゆみの隣の席が空いていたので、祥恵もそこに腰掛けた。
「そんなでもない」
ゆみは、祥恵に答えた。
「そうだよね。あんたは、会場で一切遠慮もせずにお寿司食べまくっていたものね」
「ええ、そんなことはないよ」
ゆみは、祥恵に一切遠慮せずとか言われて、少し恥ずかしそうに頬を赤くして返事した。
「お姉ちゃん、百合子お姉ちゃんたちとカレー食べて行きたかった?」
「ううん。そんなことないよ。おうちに帰れば、お母さんがちゃんと晩ごはん作ってくれているし」
「そうだよね」
ゆみは、祥恵に言った。
「百合子お姉ちゃん、あそこでカレー食べたら、おうち帰って晩ごはん食べられるのかな?」
ゆみは、つぶやいた。
「百合子の家は、お兄ちゃんもお姉ちゃんも専門学校でいつも遅いし、学校の帰りに食べてから帰ってきちゃうし、百合子のお母さんとかも仕事で外で食べてくること多いからね」
「そうなんだ」
ゆみは、手の中のブータ先生の顔を見ながら答えた。
「ああ、そうだったな。百合子殿は、いつも学校から帰ると、部屋で1人テレビを見ながら食べていたよ」
ブータ先生は、答えた。
「ときどき1人で寂しくないかなと思って、おいらは、よく百合子殿に呼びかけては、いたんだよ」
「そうなんだ。じゃ、百合子お姉ちゃんもブータ先生とおしゃべりできるんだ」
「いや、できん。なんというか、お主と違ってな、勘の疎い子でな。百合子殿は、おいらが何度も呼びかけているのに、ちっとも聞こえないようじゃ」
「ふーん」
ゆみは、ブータ先生に頷いた。
「そこへ、お主が百合子殿の部屋に来てな。お主は、おいらの呼びかけに一発で気づいただろう?勘の鋭い子じゃな、あれは立派だった」
「そうだったかな・・」
ゆみは、百合子の部屋で、初めてブータ先生に会った日のことを思い返していた。
「ゆみ。降りるよ。東松原駅に着いたよ」
祥恵が言って、電車を先に降りた。ゆみも、祥恵の後を追って、電車を降りた。
「もう真っ暗だね」
ゆみは、日がすっかり暮れて、真っ暗になっている東松原駅前の商店街を歩きながらつぶやいた。
「なんかこわい」
「大丈夫だから、お姉ちゃんの手をしっかり握っていなさい」
祥恵は、ゆみの手を握りながら答えた。
「お姉ちゃん、グリーン色のパンツ」
ゆみは、商店街を抜けたところの交差点、信号待ちで立っているときに、祥恵に小声で言った。
「え、なに?何を覗いているのよ」
祥恵は、下を向いているゆみに言った。最初、祥恵はグリーン色のパンツって、何のことだかわからなかったが、どうやら私の履いている下着の色のことを言っているようだと気づいた。
「だって見えちゃったんだもん。お水に写っているの」
ゆみは、祥恵に答えた。信号待ちしているとき、祥恵のグリーン色のデニムのタイトスカートをチラッと見たとき、祥恵の足元にできていた水たまりに、スカートの中が道路のライトではっきりと写っていたのだった。
「お姉ちゃん、そのグリーンのスカートよく履いているけど、そのスカートの時は、いつもグリーン色のパンツ履いているの?コーディネートしているの?」
「そんなわけないから」
「ちゃんと揃えているのかと思った」
「うるさいな。その話もういいから」
祥恵は、自分のスカートの裾を強めに下へ引っ張りながら、自分の足を隠して、ゆみに言った。
「いくら女同士でも、人のスカートの中を覗いたりしないの。ゆみだって、自分が履いているスカートの中を覗かれたりしたくないでしょう」
「だって、私はスカート履かないもの」
「ああ、そうだったわね。あんたは、スカート履かない子だったわね」
祥恵は、ゆみに言った。