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65 拝啓ゆみ様
「え、なに?」
ゆり子は、朝起きてタンスの上を見ると、そこに置かれているブータ先生のぬいぐるみがなんか手紙を口に加えていた。
「だれ、ブータ先生に手紙なんか加えさせたの?」
ゆり子は、ベッドから起き上がると、タンスの上のブータ先生の口から手紙を手に取った。昨日の夜、ゆり子が寝たときには、ブータ先生の口に、こんなもの挟まっていなかったはずだ。
「なに、これ?」
ゆり子は、手紙を眺めて不思議に思っていた。手紙は、小さな封筒に入っていて、表のところに封がされていた。正面の宛名には「拝啓ゆみ様」と書かれている。
「ゆみちゃん宛?」
ゆり子は、手紙を裏側にひっくり返してみた。裏に差出人の名前が書かれているかと思ったのだ。だが、裏側には何も書かれていなかった。
「あれ、この封筒って?」
ゆり子は、何かを思い出して、ベッドの脇、自分の机の一番上の引き出しを開けてみた。そこに手紙の封筒と同じ柄の封筒とレターパッドが入っていた。
「やっぱり。これって、お姉ちゃんにイギリス土産にもらったレターセットじゃん」
ゆり子のお姉ちゃんは、もう大学を卒業していて、イギリスの大学院に通っている。お姉ちゃんの下にもう1人、お兄ちゃんがいて、そのお兄ちゃんは文化学院という英語と美術の専門学校に通っていた。一番下、末っ子がゆり子だ。
「もしかして、私が昨日、ゆみちゃん宛にレターセットで手紙でも書いたかな?」
ゆり子には、ゆみに手紙を書いた覚えがなかった。けど、昨夜は、学校の古文のレポートを机で書いていた。わけのわからない昔の難しい古文で書かなければならないレポートでぜんぜん調子が乗らず、ずっと睡魔に襲われていた。その睡魔の合間に、もしかして寝ぼけながら、ゆみ宛に自分で手紙を書いたのかな?そういえば、レポートを書き終わって、眠くなってベッドに入ったときの記憶も曖昧だ。もしかして、ベッドに入る前に、寝ぼけて自分でブータ先生の口に手紙を挟んだのかもしれない。
「私、いったい何を書いたんだろう?」
ゆり子は、手紙の封筒を開けて、中身を確認してみた。中に入っていたレターパッドには、文字は何も書かれていなかった。その代わりに、ブタ?ブータ先生?が緑の中で、たくさんの動物たちと囲まれて遊んでいる絵が描かれていた。
「こんな絵、私、描いたのかな」
ゆり子は、あまり絵を描くのは得意でなかった。でも、描いてある絵も、お世辞にもあまり上手といえるような絵ではなかった。ゆり子が自分で描いたと言われれば、ゆり子が描いたとも思える絵だった。
「なんか、あまり覚えが無いのだけど、昨夜描いたのかな?」
ゆり子は、レターパッドをもう一度折りたたみ、封筒の中に戻すと封をした。あまり自分では覚えがないのだが、せっかくゆみ宛に描いたのだからと思って、後で学校へ行ったら、ゆみに手渡してあげようと思ったのだった。
「おはよう!」
ゆり子は、パジャマを着替えると、お気に入りのジャンパースカートを着て、1階のダイニングに行った。
「あら、ゆり子。おはよう。今朝は早いじゃない」
台所からお母さんが、ゆり子に言った。ゆり子は、低血圧というか朝起きるのが苦手で、いつもぎりぎりまで寝ていた。なのに、今日はなんとなく手紙を手にしているうちに目が覚めてしまったのだった。
「ゆり子、起きたなら、出来上がった朝食をテーブルに持っていって」
台所のお母さんの奥、コンロの前で朝食を作っていた女性が、ゆり子に言った。
「え、お姉ちゃん!」
ゆり子は、台所の奥を覗きこんで、そこにいたお姉ちゃんに気づいた。
「お姉ちゃん、イギリスから戻ってきていたの?」
「うん。もう夏休みだもの」
向こうの大学の夏休みは長い。夏休みの間、お姉ちゃんは日本に一時帰国していたのだった。
「あ、そうか。お姉ちゃんでしょう、この手紙を書いたの?」
ゆり子は、ハッと気づいて、お姉ちゃんに声を掛けた。
「手紙?なんのこと?」
「この手紙。これ書いたのお姉ちゃんでしょう。お姉ちゃんからもらった便せんだし」
「知らないよ」
「うそだ!お姉ちゃんが、ゆみちゃんに手紙を書いたんでしょう」
「ゆみちゃんって、祥恵さんの妹さんでしょう?なんで、私がゆみちゃんに手紙を描かないとならないのよ。あまり会ったこともないのに」
お姉ちゃんは、ゆり子に答えた。
「だって、お姉ちゃん。前に話していたじゃない。私がゆみちゃんと同級生になって話をして、ゆみちゃんって可愛い女の子なんだとか話したら、お姉ちゃんも会いたいって」
「祥恵さんの妹で、可愛いんだったら会ってみたいとは言ったかもしれないけど、別に手紙なんか書かないわよ」
「手紙の中身、動物さんがいっぱい描かれた絵だよ」
「絵?お姉ちゃんが絵は大の苦手なの知ってるでしょう」
「そうか」
すると、やっぱりこの手紙は、自分で古文のレポートを書いている合間に、眠気覚ましに描いたものなのだろうか。
「まあ、いいや。せっかく描いたんだし、後で学校で、ゆみちゃんにあげよう」
ゆり子は、学校に持っていくバッグの中に手紙をしまった。
ブータ先生からの手紙につづく