今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

86 館山城へ

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「さあ、出航するぞ」

元気のいいお父さんの声と共に、朝ヨットは勝山の港を出港した。

「セイル上げようか」

「ああ」

祥恵は、港を出ると、お父さんとヨットのセイルを上げ、ヨットは風をはらんで走りはじめた。

「もうじき着くよね」

ゆみは、お母さんに言った。

昨日も、出航してからけっこう早くに目的地に着いたから、今日も割と早めに着くものと思っていたゆみだった。

しかし、

「今日は、まだ着かないの?」

「まだかな。あそこに突端が見えるだろう。あの突端の先をぐるっと回って、その奥にある港まで行かないと、今日の目的地までは到着できないよ」

お父さんは、ゆみに今日のコースを説明した。

お父さんの言う突端の先を回るということはわかったが、その先の回った奥のところというのが、突端の向こう側なのでどのぐらい遠いのかはよくわからなかった。

「そろそろ、お昼ごはんにしようか」

お父さんが言った。

突端の先まで距離がけっこうあるらしく、突端に到着する前に時刻はお昼になっていた。

「お父さん特製のパスタを作ってやるからな」

狭いキャビンの中に入ると、お父さんは大きなお鍋でパスタを作り始めた。

「あたしも手伝おうか」

ゆみは、お父さんの後について、キャビンの中に入ろうとして、

「うわ、熱いっ。何、この部屋」

「ゆみは、外で待っていなさい」

お父さんに言われて、ゆみはキャビンの中に入るのをやめた。ヨットの狭いキャビンの中には夏の暑さで蒸し風呂のように熱くなっていた。

「なんかサウナの中みたい」

ゆみは、キャビンの中に入ったときの感想を、お母さんに述べていた。

「夏のヨットのキャビンはめちゃめちゃ暑いからね」

ヨットの舵を握って操船している祥恵が、ゆみに答えた。

パスタを作り終わったお父さんが、お皿に盛ったパスタとジュースをコップに入れてデッキに出てきた。テーブルを広げて、これからヨットのデッキ上でお昼ごはんだ。

「いただきます!」

ゆみは、さっき入った熱いキャビンのせいか、お父さんが注いでくれた冷たいジュースがすごく美味しかった。

「ジュース冷えているだろう?アイスボックスに氷を入れて、そのすぐ側で冷やしておいたからな」

お父さんは、冷たい缶ビールを飲みながら、ゆみに言った。

「美味しい!パスタも美味しい」

「お父さんのこと見直したか?」

「うん!」

ゆみは、お父さんに頷いた。お父さんは、それを見て満足そうだった。

「今夜はさ、ゆみも一緒にヨットでお泊まりするか?」

「ううん」

それは、否定するゆみだった。

「ゆみは、どうしてヨットに泊まりたくないんだ?お母さんが民宿に泊まるからか?もし、お母さんがヨットに泊まったら、ゆみもヨットに泊まるか?」

「え、だってヨットのベッドって寝心地悪そうだし、夜中におトイレ行きたくなっても困るし・・」

「なんで?トイレはちゃんと付いているぞ」

お父さんは、ヨットのキャビンの前の方に付いているトイレを指さしながら、ゆみに聞いた。

「あのトイレ、ドア付いていないし」

ゆみは答えた。

「お姉ちゃん、夜とかトイレ行くときって、あのおトイレでしているの?」

「うん。あれしかトイレ無いもの。ちゃんとカーテンを閉めれば大丈夫よ」

祥恵は、ゆみに答えた。

食事を終えて、しばらくするとヨットは突端を越えた。

「どこどこ?どこの港に行くの?」

ゆみは、ヨットが突端を越えて、突端の向こう側が見えるようになったので、祥恵に質問した。

「あそこ。ほら、あの先の方になんか漁船がいっぱい集まったような港が見えるでしょう」

祥恵に言われた港は、突端からかなり先の方だった。

「あんなに遠く・・」

ゆみは、これはまだまだしばらく到着まで掛かりそうに思った。

それでも、祥恵とお父さんのヨットの操船が上手なのか、ヨットは次第にその先っぽに見えていた港に近づいていき、校内に入ると、既に岸壁に泊まっていた大きなヨットの隣りに停泊した。

「どうやって陸に上がるの?」

ゆみは、お父さんに聞いた。お父さんのヨットは岸壁に泊まっているヨットの隣りに泊めたので、直接岸壁に泊まっていないため、陸に上がることができない。

「上がるときは、お隣のヨットに通らせてくださいってお願いして、お隣のヨットをまたがせてもらいなさい」

お父さんは、ゆみに言った。

「陸に上がりたいのか?上がるなら上がらせてあげるよ」

隣のヨットのおじさんが、ゆみに手を差し出してくれた。

「あ、今は大丈夫です」

ちょっと照れくさそうに、ゆみは隣のおじさんに返事した。おじさんは、小ぶりの綿飴を手に持っていた。そのおじさんだけでなく、隣のヨットのデッキに乗っている乗員たちは皆、小さな綿飴を持って、舐めていた。

「綿飴食べるか?」

なんだか羨ましそうに見ていたせいか、おじさんがゆみに聞いてきた。

「えっ」

ゆみはチラッとお父さんの方を見てから、おじさんに小さく頷いた。

「綿飴。一個もらえるか?」

おじさんは、キャビンの中に向かって叫んだ。

「はーい!」

キャビンの中から誰か女性の声が聞こえた。

「ヨットの中で綿飴作っているんですか?」

「そうだよ。見たいか?」

おじさんに聞かれ、ゆみは頷いた。すると、おじさんが見てきていいよとばかり、ゆみに手をさしのべてくれた。ゆみは、おじさんに手を持ってもらって、隣のヨットに乗り移った。

「ほら、そこから中に入って綿飴作っているところを見せてもらってきな」

「おじゃまします」

ゆみは、おじさんに言われ、隣のヨットのキャビンの中に入れさせてもらった。キャビン入ってすぐのところにキッチンがあって、そこの流しのところに置かれた綿飴の機械で、中にいた女性2名が綿飴を作っていた。

「自分の分の綿飴は、自分で作ってみる?」

ゆみは、女性から綿飴を巻き付けるための箸をもらった。ヨットの中で綿飴を作っているというのにも驚きだったが、そのヨットのキャビンの中が豪華なのに驚いていた。

「え、広いです!」

ゆみは、女性にキャビンの中に入った感想をつぶやいていた。

「中、見てもいいですか?」

「どうぞ」

ゆみは、女性にキャビンの前の方の部屋も覗かせてもらった。そこには、大きな2人ぐらい楽に寝れるベッドがあった。その手前に付いていたドアを女性が開けて、中をゆみに見せてくれた。

「あ、おトイレ!」

女性が開けたドアの中には、ちゃんと手洗い場も付いたトイレが設置されていた。

「やっぱり、おトイレとベッドといったら、こうですよね」

ゆみは、広いトイレルームとその前の部屋に置かれたふかふかクッションのベッドを触りながら、女性に言った。

「お父さん!こっちのヨットのトイレもベッドもちゃんとしているよ!」

ゆみは、お隣のヨットのキャビンから出てくると、自分のヨットにいるお父さんに向かって言った。

「そうか。そんなすごかったのか?」

お父さんは、ゆみに返事した。

「うん、すごいよ。お父さんのヨットなんてトイレにドアも付いていないものね。ベッドだってテントみたいなベッドだものね」

ゆみが言うと、隣のヨットのクルーたちが皆、笑っていた。

「ほら、ゆみは何もそんな大声で、うちのヨットの設備が古いところを強調するなよ」

お父さんは、ゆみが隣のヨットの豪華さに興奮しているのを、苦笑しながら見ていた。

城の中へにつづく

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