今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

夏の尾瀬山

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「合唱祭の曲目も決まって、ソーラン節も決まり、卒業制作の木工部屋とインテリア制作も決まり、今年は9年生、中等部の最後の年のイベントが続々と決まってきていると思うが」

大友先生は、4組の音楽の授業のあと、余った時間をそのままホームルームの時間にして、クラスの皆に話し始めた。

「それで、1学期が終わり、夏休みに入ったら、今年も夏の登山に出かけることになっている。9年生、中等部最後の年なので、登山も最後ってことになるのだが」

大友先生は、登山の案内用紙を皆に配りながら説明した。

「今年の登山の行き先は、尾瀬山になった。尾瀬というのは秋の紅葉とかがきれいということで有名な山だな。まあ、皆の登るのは夏休みなのだが。夏の尾瀬も尾瀬沼とか水芭蕉とか、なかなか綺麗な景色の山なので楽しめると思う」

大友先生は、尾瀬山のパンフレットを読みながら説明していた。

「で、ここで一つ皆に提案があるのだが」

大友先生は、ひな壇に腰掛けているクラスの生徒皆の顔を交互に見ながら言った。

「ゆみ。まあ、ゆみも4組のクラスの仲間なわけだが」

大友先生は、音楽の授業でピアノを弾いていたので、そのままピアノの椅子に腰掛けていたゆみの方を見て、言った。

「ゆみ、最近はだいぶ身体の調子が強くなってきているのだろう?」

「え、さあ?」

ゆみは、大友先生に聞かれて首を傾げた。

「あれ、身体の調子がだいぶ良くなって、強くなってきたのではないのか?おまえのお母さんは、そういう風に俺に話していたぞ」

大友先生は、再度ゆみに聞いた。

「なんか、この間、病院の先生のところに行ったときは血圧とかの数値が良くなってて、普通の小学生並みぐらいまで大分近くはなっているとは言われたけど」

「ああ」

大友先生は、ゆみに頷いた。

「普通の小学生並みというのは、ゆみは飛び級で君らと同じ9年だが、実年齢は5歳下の小学生だからな」

大友先生は、ピアノの前にいるゆみからひな壇のクラスの皆の方に振り返ってから説明を続けた。

「今回の尾瀬の登山コースだが、去年に登った八ヶ岳のような急な登山コースではない。先生も、学年担任の事前調査で登ってきたのだが、殆どの道は木でしっかりした道が作られていて去年のコースよりは道も平坦で歩きやすいと思う」

大友先生は、皆に言った。

「で、なに?1組は昨日、尾瀬山に登る話を佐伯先生から聞いたのか?」

大友先生は、再度ゆみの方を向いて聞いた。ゆみは、わからないって首を横に振った。

「なに、わからないっていうのは?祥恵がお母さんに話していたのを聞いたのではないのか?」

「あっ!聞いた」

ゆみは、思い出したように大友先生に返事した。

「そうだろう。昨日、尾瀬の話を祥恵から聞いたのだろう」

「うん、お姉ちゃんから聞いた。聞いたけど、昨日じゃなくて月曜日だけど」

今日は水曜日だ。ゆみが、祥恵とお母さんが尾瀬山の旅行の話をしているのを聞いたのは月曜の夜だった。

「まあ、昨日でも月曜の夜でもどっちでも良いが」

大友先生は、また皆のひな壇の方に向き直ってから言った。生徒たち皆は、大友先生の発言に笑っていた。

「そのときに、ゆみがお姉さんとお母さんの尾瀬の話を聞いて、今年は中等部最後なんだし、自分も行きたいなって言ったんだよな?」

再度、大友先生は、ゆみの方を向いて質問した。

「行きたいっていうか、行けたらいいなって言っただけ・・」

ゆみは、小声で答えた。

「ああ。それで、それを聞いたお母さんが俺のところにすぐ相談に来てくれて、掛かりつけのお医者さんからの診断書も見せてもらって、お医者さんとも相談して、今の現状ならば行けるのではないかという話になった」

大友先生は、また皆の方を向いて言った。

「え、じゃあ、一緒に行こう!」

「うん。一緒に行こう!」

「ゆみ。一緒に登るよ」

麻子やまゆみ、ほかにも鳥居や森などクラスの男子生徒まで皆が、ゆみに一緒に尾瀬に行こうと行ってくれていた。

「それで、ゆみが一緒に尾瀬を登るにあたって、もちろん先生も、宮本先生も全力で彼女のことをフォローはする。しかし、先生たちも、クラス、学年全員を見なければならず、ずっと彼女だけを見ているわけにはいかない」

大友先生は、チラッと副担任の宮本先生の方も見てから、皆にお願いした。

「それで、先生からのお願いなのだが、彼女のことを先生たちだけでなく、皆も同じクラスの仲間として、一緒に見守ってやってほしいんだ」

大友先生は言った。

「ほら、7年の頃、かおりちゃんって目の見えない生徒がいただろう。あのときは、1組の生徒さんたちが皆で、かおりちゃんのことをフォローしていたよな。あんなように、ゆみは4組のクラスなのだから・・」

大友先生は、皆の顔を代わる代わる見ながらお願いした。

「大丈夫です、皆、ゆみちゃんのこと好きだから、先生に言われなくても見ますよ」

鳥居が、大友先生に返事した。

「もちろん」

皆も、鳥居の言葉に賛同し、口々に返事してくれていた。

「そうか、良かったな。ゆみ」

大友先生は、ゆみの方を向いて言った。ゆみはピアノにうつ伏せになって泣いていた。

「どうした、なんだ、嬉しかったのか?」

大友先生は、泣いているゆみに声をかけた。宮本先生がゆみの側に寄って、話しかけると、

「先生が、かおりちゃんのことを話したから、かおりちゃんのことを思い出してしまったんだそうです」

「ああ、そうか。かおりさんがいる頃は、ゆみも同じ1組のクラスだったものな。突然、泣き出すから、何かあったかと思ってびっくりしたよ」

大友先生が言うと、クラスの皆も笑い出していた。

はじめての登山につづく

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