今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

68 ママのエプロン

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「今日の家庭科では、エプロンを作ります」

ゆみは、家庭科の授業に出ていた。

家庭科の教室は、音楽室に行く途中の小等部の前にあった。家庭科の授業に参加しているのは、ゆみたち4組の女子だけだった。4組の男子たちは、女子が家庭科の授業を受けている間、すぐ隣の木工室で木工の授業を受けていた。

「エプロンは、コツを掴めればすぐに完成しますから、今日中、この授業時間中に仕上げてしまってください」

先生は、ゆみたち生徒にそう言いながら、生徒たちが縫っているエプロンの様子をみて回っていた。

「今日、うまくエプロンが縫い終わったら、次週からは残りの1学期全部を使って、今年の合唱祭用の衣装を作ります。今日のエプロン作りは、そのための練習、予備練習だと思ってください」

先生は、皆に言った。

今年の合唱祭は、ただ合唱するだけではなかった。北海道のソーラン節を踊ることになっていた。そのために、体育の授業では体育館にマットを敷いて、その上で生徒たちは皆、踊りの練習をしているのだった。そして、その合唱祭に家庭科の授業でも便乗して、ソーラン節を踊る際のハッピを自分たちで縫うことになったのだった。

家庭科は、女子しか参加していないので、女子が男子たちの分のハッピも縫うことになっていた。その代わりに、男子たちは合唱祭で使うステージを作ることになっていた。

「ゆみ、縫えてる?」

「うん」

麻子に言われて、ゆみは自分が縫っていたエプロンの生地を見せた。ゆみが縫っていたエプロンは、ピンク色で表にブタの絵が入っているエプロンだった。

「ああ、ブータ先生だ!」

「ええ、よくわかったね」

ゆみは、麻子が自分の縫っていたパッチワークがブータ先生だと気づいてくれたので、嬉しそうに笑顔で答えた。

「ピンクのエプロンって自分用?」

「ううん。お母さんにあげるの」

ゆみは、麻子に答えた。

「お母さんか、いいな」

「麻子は?」

「お兄ちゃんにあげるの。お兄ちゃんのだから、ピンクってわけにもいかないし、本当は、あそこにあったキティちゃんのパッチワークを入れたかったんだけど、兄のだから入れられない」

「お兄ちゃんのなんだ」

ゆみは、麻子の縫っているエプロンを見た。濃い青色のエプロンで、確かに男性がしてもおかしくないようなデニム地のメンズっぽいエプロンだった。

「兄の高校で調理師の実習があって、料理が下手だからやりたくない、やりたくないっていつも文句ばかり言っているから。妹がエプロン縫ってあげれば、少しは調理師の実習にもやる気出すんじゃないかなって思って」

麻子が、ゆみに言った。

「麻子のお兄ちゃんの高校って調理の実習があるんだ」

「うん。兄の高校って農業高校だから、畑で作ったものの調理ってことで、そういう実習があるみたいよ」

麻子は、最後までメンズライクに固く固くデニムのカチッとしたエプロンに仕上げていた。ゆみは、お母さん用なので、逆にエプロンの裾には可愛らしいフリルやレースまで付けていた。

学校の鐘が鳴った。

「それでは、本日の授業はここまで。出来上がったらエプロンは皆さんそれぞれに持ち帰ってもらっていいですよ、今度の日曜日は父の日ですからね。お父さんへのプレゼントにしたら、お父さんも喜んでくれると思いますよ」

家庭科の授業が終わり、生徒たちはそれぞれ縫い終わった自分のエプロンを持って、中等部の校舎に戻っていく。ゆみと麻子は、中等部に戻る前に、隣の教室、木工室に立ち寄っていた。

鳥居たちが汗をかきながら、木工の太い木を斧で割っていた。

「あ、何!可愛いじゃん」

木工室にいた星野が、ゆみの縫ったエプロンを見て叫んだ。

「ええ、星野くんって1組なのに、どうして4組にいるの?」

「上手く薪が割れないからって補習」

「そうなんだ、頑張って」

ゆみは、星野に声をかけた。

「いいな、ゆみ。可愛いエプロンが作れて」

星野は、こんな重たい斧なんか振り回すよりも、自分もエプロンを縫いたいって顔をしていた。

「なんか落ちてるよ」

ゆみの縫ったばかりのエプロンから、ちゃんと縫えていなかったみたいでポケットに付けていた花のコサージュが落ちてしまっていた。

「ええ、どうしよう?」

ゆみは、床に落ちた花のコサージュを拾って言った。

「うまく縫い直せるかな」

麻子が、ゆみの手から落ちた花のコサージュをエプロンの取れた部分に戻そうとしながらつぶやいた。

「ちょっと貸してみ」

星野が、2人からコサージュとエプロンを取り上げると、自分のバッグの中から裁縫セットを取り出して、エプロンに縫い直しはじめた。

「あ、大丈夫よ・・」

ゆみは、大丈夫の後に、家に帰ったら縫い直すからと言おうとして、星野の裁縫の腕に口が止まってしまった。ものすごく手際よく糸と針を通すと、あっという間に花のコサージュをゆみの縫ったエプロンに縫い終わらせてしまったのだった。

「早いっ!」

ゆみも、麻子も星野の裁縫の腕に驚いていた。

自殺願望につづく

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