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52 中間試験
「おやすみなさい」
ゆみは、お風呂から上がって、リビングのお父さんやお母さん、祥恵に挨拶した。
「はい、おやすみ」
お父さんたちに挨拶を返され、2階に上がると自分のベッドで眠りについた。時刻は夜9時だった。
「で、明日から試験なんだろう?勉強は大丈夫なのか?」
それは、中間試験の始まる前日だった。お父さんは、祥恵に話しかけた。
「部活もいいけど、もっとしっかり勉強を頑張らないと、大学に行けないぞ」
お父さんは、祥恵に小言を言っていた。
「うん。勉強もしているよ。ここ1週間は、部活だってずっと試験で休んでるし」
「今度は良い成績取れるんだろうな?」
「まあ、確かに、ゆみは満点取っているかもしれないけど、なんか私にだけ厳しくない?」
「それは、だってお前は長女だろう」
お父さんは、祥恵に言った。
「まあ、別に、お前は将来、医者にならなくたって、お前のなりたいものになれば良いけど。それにしても、良い大学ぐらい入っておかないと、なりたいものにもなれないだろう」
お父さんは、祥恵にぶつぶつ言っていた。
口では、医者にならなくてもいい、祥恵の好きな仕事をすればいい、とは言っているが、今井デンタルクリニックを継ぐのは長女の祥恵なんだからなというのが、お説教の言葉の隅々に溢れていた。
「まあ、良いじゃない。祥恵だって勉強頑張っているって言うんだから、この中間試験の結果は良くなっているんじゃないかしら・・」
お母さんが、祥恵に助け船を出してくれた。
「それで、もし中間試験の結果が悪かったらどうするんだ」
「そのときは、部活をやめて、勉強に専念するとか考えるわよね?」
お母さんは、お父さんに言われて、祥恵に聞いた。
「え、そうなの・・」
祥恵は、お母さんに中間試験の結果が悪かったら、部活やめるとか提案されて困っていた。確かに、祥恵自身、このところは、しっかり勉強してきてはいた。いたのだが、それで良い点を取れるかという自信までは、持てないでいたのだった。
「この子はいいな」
祥恵は、その日の夜、部屋のベッドで寝ているゆみの寝顔を見ながら思っていた。
「私も、この子のように、もう少し頭が良かったらな」
祥恵は、さっきお父さんに言われた小言を思い出しながら、考えていた。でも、そうだよな。勉強ができることだけ考えたら、頭の良いゆみは、羨ましいかもしれないけど、体力は運動とかもできないし、病院行ってお薬もらわなければならないし、ならば、私は少しぐらい頭悪くたって、バスケ部でバスケできるぐらい運動が得意な方がいいか。
「そうよ。いざとなったら、ゆみに医者をやらせて、私は今井デンタルクリニックの事務とか経営にだけ携わるんでも良いんじゃない。そうよ、そうよね!」
祥恵は、自分で勝手にそう思うようにしていた。甘えん坊のゆみならば、うちの病院の医者になれば、お姉ちゃんである私とずっと一緒に働けるなんて聞いたら、喜んで医者になってくれそうだし。
「ああ、やっぱり、こんなものか・・」
中間試験が終わった日、祥恵は、先生から戻ってきた自分の答案用紙を見ながら思っていた。隣の席のゆみの答案用紙を覗きこむ。
「なに、また満点なの」
祥恵は、ゆみの手から答案用紙を取り上げると、眺めてつぶやいた。ゆみは、黙って頷いた。
「ほかの答案用紙は?」
祥恵に言われて、ゆみは、自分の戻ってきた答案用紙を全て祥恵に手渡した。どの答案用紙も満点で添削されて返ってきていた。
「さあ、試験中はあんまり寝れなかったし、早く帰ろうか」
祥恵は、自分とゆみから手渡された答案用紙を自分のバッグにしまうと、ゆみに言った。ゆみは、黙って頷いて、嬉しそうに祥恵の手を握ると学校を後にした。
「はあ・・」
帰りの井の頭線の中で、ゆみを座席に座らせ、その隣の席に腰掛けると、祥恵は大きなため息をついた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
隣でウトウトしていたゆみが祥恵に声をかけた。
「あんたは良いよね。満点だし、お母さんにテスト隠さないで堂々と出せるよね」
「え、満点じゃなくても、テストは全部お母さんに渡しているよ」
ゆみは、祥恵に答えた。
「そうか。あんたは、なんでもお母さんに渡しちゃうものね。例え、0点のテストでも平気でお母さんに渡しちゃうでしょう?」
「うん。え、お姉ちゃんのテストって0点なの?」
「0点じゃないけどさ・・」
祥恵は小さくつぶやいた。
「ね、あんたは将来、何になるの?」
東松原駅で井の頭線を降りて、家まで歩いているとき、祥恵がゆみに聞いた。
「将来?」
「うん。ちゃんと考えている?中等部を卒業して、うちの学校は高等部まであるから、まあ、高校まで卒業したとして、その後のことを考えている?」
「お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんはお医者さんの大学に行くのよ。行ければだけどね」
「ああ、歯医者さんになるんだ」
「うん」
祥恵は、頷いた。
「で、ゆみは?」
「わかんない。お嫁さんかな・・」
「お嫁さんって。高校なんて、あっという間に卒業だよ。その先のことちゃんと考えておかないと・・」
祥恵は、ゆみに言った。
「ゆみはアバウトね、もっと将来のことちゃんと考えておいたほうが良いよ。私、頭あまり良くないから、このままじゃ、お医者さんの大学に入れないかもしれないし。そしたら、私の代わりに、ゆみがお医者さんの大学行って、歯医者さんになるんだよ」
「え、そうなの?」
ゆみは、思わず祥恵に聞き返した。
「あ、でも大学は、お医者さんの大学に行くかも・・」
「そうなの。どうして?」
「だって、お姉ちゃんもお医者さんの大学行くんでしょう?だったら、ほかの大学に行ったら、お姉ちゃんと違う学校になってしまうじゃない」
「あんたね、そんな大学の決め方ないわよ」
祥恵は、ゆみに苦笑していた。
「それに、私と一緒ではなく、私がお医者さんの大学に行けなかったら、ゆみがお医者さんの大学に行くんだから」
「お姉ちゃんがお医者さんの大学に行かないのなら、ゆみもお医者さんの大学には行かない」
ゆみは、祥恵の手をしっかり握りしめて答えた。
「何よ、それ」
祥恵は、妹の顔をみた。
「祥恵。テストの結果はどうだった?」
お父さんは、学校から帰ってきた祥恵に声をかけた。祥恵は、自分のバッグから答案用紙を取り出すと、お父さんに手渡した。お父さんは、手渡された答案用紙を見ると。
「お母さん!祥恵がすごいぞ!テストが満点だぞ」
と、お母さんのことを大声で呼んだ。
「あら、すごいじゃない」
台所で夕食の準備をしていたお母さんが出てきて、お父さんの持っている答案用紙を覗きこむ。
「あら、これは、ゆみの答案用紙じゃないの」
「あ、本当だ!なんだ、ゆみの答案用紙か」
お父さんは、お母さんに指摘されて、答案用紙の名前欄を改めて見直して、少しがっかりしていた。
「私の答案用紙はこっち」
祥恵が、自分の答案用紙をバッグから取り出して、お父さんに見せた。お父さんの顔が険しい顔になって、曇ってきた。お母さんも、祥恵の答案用紙を覗きこむ。
「あら、1学期の期末試験よりも、ぜんぜん成績上がっているじゃないの。祥恵も頑張ったわよ!」
お母さんは、お父さんに言った。
「しかし、この程度じゃな。医大には遠く及ばない点数だぞ」
お父さんは、つぶやいていた。