※スマホの方は、横向きでご覧下さい。
41 かおりのお見舞い
「ゆみ、かおりちゃんが入院しちゃったんですって」
ゆみが、お母さんからその話を聞いたのは、8月の終わりの夏休みもまもなく終わりになる寸前のことだった。
「入院?どこか悪いの?」
「あのね、このお話はまだ他の誰にも言っちゃだめよ」
お母さんは、ゆみにそう言ってから説明してくれた。
「かおりちゃんね、目とか足も動かせなくて車椅子だったでしょう。その病気がね、いよいよ身体の中のほうにまで広がってしまっているらしいのよ」
「身体の中・・」
「そう。お腹の中っていうか、内蔵とかにも広がっていて、足とかだけなら車椅子を使って学校にも来たりできたけど。お腹とかも病気で苦しくなってきたらしいの。それでベッドから起き上がれないんですって」
お母さんは、ゆみに説明した。
「それで、佐伯先生も、ここのところ毎日、かおりちゃんの病院にお見舞いに行っているらしいんだけど。それで、あんまり大勢で病院に押しかけたりしても病院も迷惑だろうし、かおりちゃんも大勢いると驚いちゃうだろうからってことでね。誰か一人お友だちで来て欲しい人がいるかどうかって、かおりちゃんにかおりちゃんのお母さんが聞いたらしいのよ」
お母さんは、ゆみに言った。
「そしたら、かおりちゃんが、ゆみに会いたいって言ったんですって」
「あたしに?」
「うん。それでお見舞いに行ってあげられる?」
「うん。いいけど、誰か一人なんでしょう?お姉ちゃんとかの方が、あたしよりもずっと小等部から一緒にいるから、お友だち長いんじゃないの?」
「最初、佐伯先生も小等部の頃から比較的仲良しだった子の名前をあげていたんだけど、かおりちゃんがゆみにならば会いたいって言うんですって」
「ええ、そうなの?」
「お母さんと一緒に病院に会いに行ってあげられる?」
「うん!」
「そう。じゃ、明日お母さんと病院に行きましょう」
「わかった。あとお姉ちゃんならば、一緒に行っても平気でしょう?」
「お姉ちゃんには内緒。かおりちゃんが、学校のお友だちの中で、ゆみとならば会いたいって言っているのだもの。ほら、最近はいつも、ゆみとかおりちゃんは一緒にいるからって話していたんですってよ」
お母さんは、ゆみに言った。
「うん。いつも、お姉ちゃんの部活が終わるまで一緒に教室とかで待っているの」
「そう。だからじゃないかな。ゆみとならば会いたいって言ったんですって。あんまりその他の学校の人には入院したこと言って欲しくないらしいのよ」
「お姉ちゃんにも?」
「そう、お姉ちゃんにも内緒」
お母さんは、指でシーの合図をしながら、ゆみに言った。
「え、何が私に内緒なの?ゆみ、おもらしでもした?」
お母さんの後ろに祥恵が立って、ゆみの方をニヤニヤと眺めていた。
「おもらしなんかしていないよ!」
ゆみは、慌てて祥恵に言った。
「おもらしは、していないわよね。まあ、聞いていたのなら仕方ないけど。あのね、あなたたちのクラスのかおりちゃんっているでしょう」
「うん。車椅子の子」
「そのかおりちゃんが病気になちゃったのよ。今、入院していて夏休み明けもしばらくは学校にも行けそうもないらしいの。それでね、ゆみが仲が良いから、かおりちゃんもゆみに会いたいって言うから、明日お母さんとゆみで病院までお見舞いに行こうと思っているのよ」
「そうなんだ。それは、ぜひ行ってあげて。いつも私が部活の間、かおりちゃんは、ゆみと一緒に遊んでくれているから。なんなら、私も一緒に行こうか?」
「それが、あんまり学校の子たちに入院したこと知られたくないみたいなのよ。それで、ゆみにならば会いたいって本人も言っているらしくて・・」
「そうか。じゃ、私はどうせ明日も部活あるし、行かないから、ゆみと二人で行ってきて」
「そうするわ」
お母さんは、祥恵に言った。
「それでね、そういうことだから、祥恵も2学期から学校に行っても、やたらとお友だちにかおりちゃんが入院しているなんてこと話さないであげてね。入院のことを学校の皆に話すときは、佐伯先生がまとめて皆に伝えてくれることになっているから」
「わかった。誰にも言わないよ。百合子たちにも黙っている」
「そうしてちょうだい」
お母さんは、祥恵に念を押した。ゆみは、かおりちゃんの病気が重いものじゃないといいなと心配だった。
「ね、ゆみ。入院って聞いて心配なのかもしれないけど大丈夫よ。かおりちゃんは、小等部の頃もけっこうよくどこの病気が悪くなったって言っては、ちょくちょく入院していたらしいのよ。だから2学期も途中からかもしれないけど、また学校に戻ってくるから、きっと」
祥恵は、ゆみに伝えた。
「あたしと同じだね」
「何が?」
「いつも病院で入院していたところ」
「まあ、そうね。あんたなんか入院やらが長すぎて、何年もニューヨークから帰ってこなかったしね」
そして、次の日、ゆみはお母さんの運転する車に乗って、かおりの入院している病院までお見舞いに行った。病室には、佐伯先生も心配そうな表情でお見舞いに来ていた。
「ゆみちゃん・・」
かおりは、ベッドの上からゆみのことを見つけると嬉しそうに声をかけてくれた。学校で車椅子に座っていたかおりの姿は、少しふっくらとした体型だったのに、今のかおりは、とっても痩せ細っていた。
「かおりちゃん・・」
ゆみは、かおりの側に行って、痩せてしまっているかおりの手をしっかり握った。
「来てくれてありがとうね」
「うん」
ゆみは、かおりと黙って見つめ合っていた。
「ちょっと出てくる」
お母さんたちや先生、大人たちがちょっと席を外したとき、ベッドの上に突然ブータ先生が現れた。ゆみは、何しに来たの?って顔でブータ先生のことを見た。
「ね、ゆみちゃん。ブータ先生来たの?」
「え、わかったの?」
「それはわかったよ!」
かおりが、ゆみにそう返事すると、ブータ先生が、かおりの前に移動した。そのブータ先生の身体を、かおりは抱き上げた。
「久しぶりじゃな」
「そうだね。1学期の期末試験が終わって、終業式以来だね」
「あれから、おいらはしばらく百合子殿のところに里帰りしておったからな」
「そうなんだ。ブータ先生のお里って、百合子のところなんだ。あ、そうか!八ヶ岳、清里に一緒に行ったんだ」
「まあ、清里には行かなかったんだけどな。ほら、ゆみのやつ、甘えん坊だろう。おいらがいないと寂しいって泣きわめくものだからな。それで急きょ、八ヶ岳には行かず、ゆみのところに戻ってきたというわけだ」
ブータ先生は、かおりに答えた。
「はいはい、そうなんですね」
相変わらずのブータ先生の態度に、かおりは笑って、相づちを打っていた。
「それで、百合子の家はどうでしたか?久しぶりのお里は?」
「まあ変わらんな。相変わらず、狭かったな。ゆみの家の方が、ずっと広いよ」
「そうなの。ゆみちゃんの家は歯医者さんですものね」
かおりは、ブータ先生に笑顔で言った。
「山は行かなかったが、その代わりに、ゆみと一緒に海に行ったよ。ゆみのお父さんのヨットに乗ってきた」
「わあ、すごい。そうなんだ。日焼けしなかった?」
「私も、初めてお父さんのヨットに乗ったけど、少し日焼けしたよ。お母さんにちゃんと麦わら帽子と日傘で太陽は一応避けてはいたんだけどね」
「大丈夫、大丈夫。ブータ先生も、ゆみちゃんもぜんぜん日焼けしてる感じはないよ」
かおりは、2人に言った。
「いや、そうかな。海に行ったのは7月の終わりだったからな、1ヶ月も経ってだいぶ日焼けは落ちてしまったが。ゆみめ、写真を撮るのにヨットのデッキ上をあっちこっちおいらのことを連れ出すものだから、足の裏が真っ黒になってしまったよ」
ブータ先生は、自分のピンク色の肉球がついた足の裏を、ゆみに見せながら文句を言った。
「あらあら、ブータ先生汚れちゃったの?拭いてあげるわ」
かおりは、ベッド脇の引き出しからウェットティッシュを取って、それでブータ先生の足の裏を拭き始めた。
「かたじけない。かおり殿はお優しいのう」
ブータ先生は、かおりに足の裏を拭いてもらいながら、気持ちよさそうにかおりのベッドに寝そべっていた。