今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

87 城の中へ

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「どこに行くの?」

ゆみは、お母さんと一緒に歩きながら聞いた。

さっきの隣りに泊まらせてもらったヨットを通らせてもらって、岸壁に上陸したゆみたちは、千葉の館山の町の中を歩いていた。

「お父さんに聞いてごらん」

「お父さん、どこに行くの?」

祥恵と少し前を歩いているお父さんに質問した。

「あそこにお城が見えるだろう」

「うん」

「あそこのお城まで行ってこようか」

お父さんは、館山の山の上に建っているお城、館山城を目指して歩いていた。が、お城は港から少し距離があって皆が、やっとお城の入り口まで来たときは、夕方になっていた。

「もう閉館か」

せっかく来たのに、お城の入場時間は過ぎていて閉まっていた。

「また歩いて帰るの?」

「帰りはタクシーに乗ろうか」

お父さんは、近くを走っていたタクシーを停めて、それに乗って港まで戻る。港まで戻った後、さらに少し先の館山駅まで乗せてもらって、館山駅前で夕食を食べることになった。駅前には小さなビジネスホテルがあったので、お母さんとゆみは食後は、そこで一泊していくことになった。

「ゆみは、ずいぶん隣のヨットのお姉さんたちと仲良くなっていたな」

「うん。隣のヨットは、ちゃんとベッドも普通にベッドだったし、トイレだって普通にトイレにドアも付いていたし、終わった後、ちゃんと手を洗うところも付いていたよ」

「そうか。ゆみは、隣のヨットが良かったか」

「うん。っていうか、お父さんのヨットも、ちゃんとトイレには普通にドアとか手を洗うところぐらい付けなきゃ。お台所だって、ちゃんとキッチンになっていたよ」

「そうか」

お父さんは、ゆみに言われてしょげていた。

「祥恵。隣のヨットって何フィートのヨットだったか?」

「33フィート。前にボートショーに行ったとき、同じ種類のヨット見たことあるじゃん。ベネトウのファースト33ってやつ」

「ああ、隣はベネトウのヨットだったか」

お父さんは、祥恵から聞いて頷いた。

「ベネトウってそんなに豪華なヨットだったか?」

「ゆみは別に豪華って思っているわけじゃないかもよ。トイレとかキッチン、ベッドが普通に付いていたって言っていただけで」

「そうか」

「最近のヨットって、ちゃんとキャビンとか部屋で別れているじゃない。うちのヨットみたいに、ワンルームでだらーんってバースがくっついているだけってヨット少なくなってきているじゃない」

「そうだよな。古いものな。うちのヨット」

お父さんはつぶやいた。

結局、この久しぶりにうちのヨットに乗りに来たゆみに、ちゃんとしたベッドやトイレが付いていないと言われた言葉は、「女子大生日記」でお父さんが新しいヨットに買い換えるまで、お父さんの脳裏にずっとくっついていた。

「それじゃな」

駅前のレストランで食事を終えると、お父さんと祥恵は歩いて、ヨットを泊めてある館山の港まで戻っていった。

「行こうか」

「うん」

ゆみとお母さんは、その目の前の小さなビジネスホテルの中に入った。そこの3階の部屋が2人の部屋だった。ベッドも2つ、それにお風呂まで部屋の中には付いていた。テレビもちゃんと付いていた。

「お風呂に入ったら寝ようか?」

夜9時には寝てしまうゆみは、お母さんと一緒に部屋のお風呂に入ると、ベッドで寝てしまった。夜9時には寝てしまうので、ゆみはテレビはあまり見たことなかった。

「お帰りなさい!」

「ただいま」

祥恵とお父さんは、隣りのヨットをまたいで自分のヨットに戻っていたとき、隣のクルーたちに声をかけられた。

「あれ、ゆみちゃんは一緒じゃないですか?」

隣のヨットの女性とすっかり仲良くなってしまったゆみは、女性にしっかり名前まで覚えられていた。

「ええ、母親と駅前のビジネスホテルで一泊して、明日の朝また来ます」

祥恵が、女性に答えた。

「あのお嬢さんは、妹さん?」

「ええ。私の妹です」

「可愛らしい妹さんよね」

「そうですか。ありがとうございます」

祥恵は、にっこりと挨拶した。

「彼女は、ヨットには泊まらないんですね」

「ええ。なんか、うちのヨットにはトイレもベッドもちゃんとしていないからって」

祥恵は、苦笑した。

「なんか、こちらのヨットだったら、トイレもベッドもちゃんとしているからお泊まりできるみたいですよ」

「へえ。なんか、さっきうちのヨットの中、覗きに来たときも、そんなこと言ってましたよね。ちゃんとしていないってどんなトイレなんですか?」

女性は、不思議そうに言って、祥恵たちのヨットのキャビンの中を覗きこんだ。

「ドアも付いていないからって」

祥恵は、自分ちのヨットのトイレを指さして答えた。

「ああ、これがちゃんとしていないベッドなんですね」

女性は、キャビン後方に付いているパイプベッドを覗きこんで言った。

「ええ」

「私なら別に、このベッドでも眠れるな」

女性は言った。

「うち、千葉の富津のマリーナからクルージングでここに来ているんですけど、うちのマリーナにも、こういうベッドとかトイレのヨットありますよ。レース艇だから船体が軽くなるようにしているんですよね?」

「え?そうなのかもしれない」

祥恵は、女性に聞かれて曖昧に答えた。

「けど、うちのヨットはぜんぜんレースとか出たこと無いんですけどね」

祥恵は苦笑していた。

次の日、ホテルのビュフェで朝ごはんを食べ終わると、お母さんが停めたタクシーに乗って、ゆみと2人は港まで向かった。

三浦半島につづく

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