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42 イベント
実は、2学期は学校イベントが一番多いシーズンだった。
特に、ゆみたちの通う明星学園中等部は、いろいろなイベントが重なっていた。まず9月の終わりにはマラソン大会があった。今年は、埼玉の狭山に行って、そこの湖の周りをぐるりと一周してくるマラソンコースがあった。そのため、2学期の体育の授業は、ずっとマラソンがテーマになっていた。
「無理をしないで、足がほぐれるようにしっかり準備運動をしてから走り始めなさい」
体育の椎名先生は、1組の生徒たちにマラソンの指導をしていた。
「ゆみ。君は、このストップウォッチで走ってくる皆のタイムを記録しなさい」
ゆみは、椎名先生に言われてストップウォッチでクラスの皆が走っている時間を記録していた。本当は、かおりも車椅子なので走れないため、ゆみと一緒に見学しているはずだったが、入院中のため欠席だ。
マラソン大会以外には、10月と11月に合唱祭があった。
音楽の大友先生指導のもと、2学期の音楽の授業は皆、合唱の練習ばかりだった。合唱祭では、両親たちだけでなく小等部の下級生たちも体育館に見に来て、中等部のお兄さん、お姉さんたちが合唱を披露することになっていた。
合唱の授業も、体力が弱いゆみは、見学だけだった。
「合唱祭で使う演目の看板を書いてくれ」
ゆみは、大友先生に言われて、皆が音楽の授業で合唱の練習をしている間、一人お習字の筆で、演目のタイトルを看板に書いていた。
「マラソンも合唱も、せっかくの学校イベントなのに、あたしだけ何もできないんだな」
ゆみは、つまらなそうにタイトルの看板を書いていた。
「おぬし、なかなか器用じゃないか」
突然、ブータ先生がゆみの前に現れた。
「ほお、ゆみは左利きなのか」
ブータ先生は、左手に習字の筆を持って書いているゆみを見て、言った。
「うん。生まれた時から、あたしはずっと左利きなの。お姉ちゃんは右利きなんだけどね。お父さんもお母さんも皆、右利きなの。あたしだけ左」
「ほお、だから変わり者なんじゃな、なかなかきれいな字じゃよ」
ブータ先生は、相変わらず一言が多い。きれいな字の誉め言葉の前に、変わり者の言葉が入っていた。そして、ブータ先生は、ゆみの字に感心しながら、ゆみの書いた看板の上を行ったり来たりしていた。
「ね、墨ついちゃうよ。まだ乾いていないんだから」
ゆみは、ブータ先生のお尻で揺れているしっぽを見ながら言った。
「え、なんじゃっと!」
ブータ先生は、慌てたように自分の背中を振り向き、しっぽを見た。そして、自分の足を上げると、足の裏の肉球を見た。ピンクの肉球は、墨で真っ黒になっていた。
「なんと、真っ黒ではないか」
「あとで洗ってあげるよ」
「たのむ」
さらに、ここ数年の流行りで、合唱祭の呼び物として、北海道のソーラン節を生徒たちは、観衆の前で踊るようになっていた。体育と音楽の授業の合同プロジェクトというか、マラソン大会の終わった後の体育の授業でソーラン節の踊りを練習し、音楽の時間には、和太鼓の練習をするようになっていた。
合唱祭が終わると、中等部全員でクリスマス会が体育館で行われる。そこで、男子は木工で作ったもの、女子は家庭科で作ったものを展示し、両親たちに披露するのだ。
「クリスマス会の展示品ならば、やっとあたしでも参加できるか」
ゆみは、1学期に家庭科で作ったタペストリーを思い出しながら思っていた。それに木工の先生が鳥居と一緒に休み時間に作ったクマの置物、あれをクリスマス会の展示に、特別展示しようって言ってくれているのだった。
「お風呂か」
その日、学校から帰って、夕食も食べ終わったゆみが、お風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いでいると、ブータ先生がパッと突然現れて声をかけた。
「あ、ブータ先生。これから、お風呂に入るんだけど・・」
ゆみは、タオルで自分の下着姿を隠しながら答えた。
「心配するな。おまえの裸など興味ないわ」
「あたし、お風呂入るんですけど」
ブータ先生がお風呂の中まで一緒について来ようとしているので、ゆみは言った。
「知ってる。おいらも入ろうと思ってな」
「え?ブータ先生って男の子でしょう?」
「ブータ先生は男でも女でもない。ブータ先生はブータ先生だよ」
ブータ先生は、ゆみの裸などお構いなしにお風呂の中に一緒に入ってきた。
「見てくれ、これ」
お風呂の洗い場で床に腰を下ろすと、ブータ先生は自分の足をひっくり返して、ゆみに見せた。ブータ先生の足の裏は、墨で真っ黒だった。
「昼間の墨」
「うん」
ブータ先生が頷いたので、ゆみは黙って自分も洗い場の床に腰を下ろすと、ブータ先生のことを抱きあげ、足の裏を石鹸とスポンジでゴシゴシ洗った。
「おお、落ちるな」
墨が落ちて白くなった足とピンク色の肉球を眺めて、嬉しそうに言った。
「さあ、温まろう」
ゆみは、ブータ先生を抱いて、一緒に湯船の中に入った。
「おーゴクラク、ゴクラク」
ブータ先生は、お風呂の湯船に浮かんで気持ちよさそうにしていた。
「そういえば、おまえの姉ちゃん、クラスの男の子たちに、ぺちゃパイとかまな板と呼ばれているらしいな。ゆみは、自分の姉がそう呼ばれていることを知っていたか?」
「うん、聞いたことある」
「ぺちゃパイの妹だからかな、おまえさんも結構なぺちゃパイだな」
ブータ先生は、湯船の中で、ゆみに抱かれながら、ゆみの胸を見て言った。
「あのー、私、まだお姉ちゃんよりも5歳も年下なの!まだおっぱい膨らむはずないでしょう」
ゆみは、ブータ先生を手から離して、自分の上半身を手で隠しながら、ブータ先生に抗議した。
「いいな、お風呂は」
ブータ先生は、ゆみのぺちゃパイなどぜんぜん興味ないという感じで、鼻歌を歌いながら、湯船に浮かんでいた。
「そんなに気に入ったのなら、いつもお風呂のときは一緒に入ろう」
「ああ」
ブータ先生は、ゆみに頷いた。
「その代わり、私の胸がぺちゃパイじゃなくなるまでの間だけだよ」
「それじゃ、当分の間は一緒に入れるな」
「もー、ブータ先生ったら」
ゆみが、お風呂から立ち上がって脱衣所に出ると、ブータ先生の姿は消えていた。ゆみは、一人パジャマに着替えると、お母さんたちにおやすみなさいを言って、2階の自分の部屋に行った。部屋に入ると、お姉ちゃんと共有している鏡台の前でドライヤーで髪を乾かしはじめた。
「おお、気持ちよさそうだな」
鏡台の上に濡れた体のブータ先生が現れた。
「ブータ先生も身体を乾かす?」
ゆみは、自分のドライヤーをブータ先生に向けてあげた。ブータ先生は、気持ちよさそうにドライヤーの温かい風に当たっていた。
「なんか乾くの早いね」
ゆみは、みるみると乾いていくブータ先生の身体をみて言った。