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72 お父さんのヨット
「祥恵、お父さんとヨットに行くの久しぶりじゃないか」
お父さんは、土曜の夜、祥恵に言った。
「ずっと、日曜でも部活があったからね。久しぶりに、今度の日曜は部活無いから」
祥恵は、お父さんに答えた。
「ゆみは、連れていかないの?」
「え、ヨットにか」
「うん」
「ゆみは、ヨットは無理だろう」
「だって、夏休みには、ゆみも連れて行くんでしょう?」
「夏休みに連れて行くのは、あくまでゲストで乗せるだけだから、ヨットに乗っている間は、キャビンの中でゆっくりしていれば良いだろう」
お父さんは、祥恵に言った。
「でも、それにしても一度ぐらいは夏休みに旅行に行く前に乗せておいたほうが良くない?いきなりだと船酔いとかしちゃうかもよ」
「それはそうだな」
お父さんは、祥恵に答えた。
しかし、次の日の日曜は、お父さんと祥恵だけでヨットに乗りに行った。ゆみは、お母さんと近所のスーパーとかにお買い物に行ったりして過ごしたのだった。
「なんか久しぶり」
祥恵は、お父さんの車の助手席に座りながら、言った。中等部に入る前は、よくこうして、お父さんの車に乗って、週末は横浜までヨットに乗りに来ていたのだった。
「え、祥ちゃん?久しぶりじゃん。大きくなったね」
横浜のヨットクラブの前で、祥恵は玉井さんという男性に声をかけられた。
「お久しぶりです。おはようございます」
祥恵も、玉井さんに挨拶をした。
玉井さんというのは、お父さんがヨットを置いている横浜のヨットクラブに。同じように自分のヨットを置いているヨットクラブの会員さんで、お父さんとも古くからの知り合いだった。お父さんのヨットに小さい頃からよく乗っていた祥恵も、玉井のおじさんとは古くからの知り合いだった。
運動が得意の祥恵は、よくお父さんのヨットに乗っていたが、運動が不得意、身体があまり強くないゆみは、お父さんのヨットには乗ったことがなかった。そのため、いつも、お父さんとヨットに乗っていた祥恵は、ヨットクラブの仲間には今井家の一人娘だと思われていた。
「へえ、祥ちゃんも、もう中二なのか。大きくなるはずだよね」
「ヨットのデッキの上で、よくスカートでパンツ丸出しで足を開いて座っていたものな」
ヨット仲間たちは、久しぶりにヨットクラブにやって来た祥恵の姿を懐かしんでいた。
「ええ、やめてくださいよ。そんな昔の話」
祥恵は、小さい頃ヨットに乗っていた話を皆にされて照れていた。
「さあ、船を出す準備をしようか」
「はい」
祥恵は、お父さんと一緒に、うちのヨットに乗り込み、セイルをセッティングしたり、ヨットを海に出す準備をし始めた。
お父さんのヨットは、船台というヨットを陸上で保管しておくための台車に載せられて、保管されている。その台車の上のヨットにキャタツを使って上って、ヨットのデッキの上でセイルを広げたり、セットして出航の準備をするのだ。
自分たちのヨットに、セイルをセッティングして出航する準備が整うと、ヨットクラブのハーバーマスターにお願いして、ヨットを台車から海際に設置されたクレーンに載せ換えて、クレーンを海に下ろすと、ヨットが海に浮かぶ。
その海に浮かんだヨットに乗って、祥恵たちは出航するのだ。
お父さんのヨットは、ヤマハ30という艇種で、ピアノを製造しているメーカーとして有名なヤマハの船部門、ヤマハ発動機という会社で製造された30フィート、全長9メートルのセイリングクルーザーだった。
ヨットクラブのハーバーマスターの手によって、お父さんのヨットはクレーンで海に下ろされ、海面に浮かんでいた。
「どうぞ」
「ありがとうございます、行ってきます」
ハーバーマスターの着水完了の合図で、祥恵とお父さんは、自分たちのヨットに乗り込み、ヨットのエンジンを掛ける。お父さんが舵を握り、クレーンで下ろしてくれたハーバーマスターが見送る中、手を振って海に出航する。
お父さんのヨットは、帆、セイルに風を受けて走るヨットなのだが、いちおうディーゼルエンジンも付いている。船の出入港ではセイルで走らずにエンジンを掛けて、エンジンで走るのだ。ある程度、海上に出てから、そこでマストにセイルを上げて、セイルに風を受け、風の力だけで走るのだった。
「お父さん、お湯湧いているけど、コーヒー飲む?」
「ああ、頼む」
祥恵は、キャビンに入り、キャビンの入り口脇にある小さなガスコンロで湧いていたやかんを取り上げ、コップにコーヒーとともに注ぐ。
お父さんのヨットには、小さいながらもキャビンが付いていて、キャビンの中に入ると、入ってすぐのところに祥恵がコーヒーを入れたガスコンロなどが置かれた小さな台所スペースがあった。ヨットでは、この台所スペースのことをギャレーと呼んでいた。ギャレーの前には5、6名の人が向かい合わせに座って団らんできるリビングルームがあり、その前のところに壁で仕切られトイレが付いていた。
トイレスペースの前方には、折りたたみの簡易ベッドがあって、そのベッドを下ろすと、そこに2人分の寝れるベッドスペースが誕生するようになっていた。
ベッドスペースは、ヨットのキャビン後部にも左右にそれぞれ1人分の簡易ベッドが用意されていた。中央のリビングスペースの向かい合ったソファにも、左右それぞれ1人ずつ寝れるので、合計6人分の人数がキャビンの中で寝ることができた。
今井家は、お父さん、お母さん、それに祥恵とゆみの四人家族なので、このヨットで旅行に出かけても、家族四人が十分に過ごすことができるスペースは用意されていた。
期末試験につづく