※スマホの方は、横向きでご覧下さい。
63 文通
「ゆみちゃん、本当にいいの?」
ゆり子は、ブータ先生のことを受け取りながら、ゆみに聞いた。
「・・・」
「本当は寂しいんでしょう?私に遠慮して、ブータ先生のことを私に返そうとしているんでしょう?」
ゆり子が聞いた。
違う、そうじゃないの。ブータ先生のおばあちゃんが病気になちゃって、その看病をしなくてはならないらしいから、ブータ先生は妖精界の入り口に近いゆり子お姉ちゃんの部屋にいさせてあげて欲しいの。
ゆみは、本当はそうゆり子に言いたかったのだが、そんなこと言ったって、ゆり子たちが信じてくれるわけがない。
「ほら、ゆみ。良いんだよ、別に遠慮しなくたって。ゆり子がブータ先生のことをくれるって言っているんだから、もらっておけば」
今度は祥恵がゆみに言った。
「え、でも・・」
ゆみは、ブータ先生の顔をチラッと見てため息をついた。
「それじゃね、今日一日だけ、今日一日学校が終わるまでの間だけ、ゆみがブータ先生と一緒に過ごさせてほしい。学校が終わったら、ゆり子お姉ちゃんに渡すから、ブータ先生のことをゆり子お姉ちゃんの家まで一緒に連れて帰ってあげて」
ゆみは、ゆり子に言った。
「うん、わかった。ゆみちゃんがそうしたいって言うのならそうしようね」
ゆり子は、ゆみに返事してくれた。
ゆり子と祥恵は、1組の授業に出るために、自分たちの教室に戻っていった。ゆみは、今日一日だけ一緒にいれるブータ先生を机の中にしまうと、教壇の先生の授業に集中した。
「ね、ゆり子」
隣の席の美和が、ゆり子の机の向こうに置かれているブータ先生に気づいて指を指した。
「え、なんでブータ先生がここにいるの?」
今日一日は、ゆみのところにいるはずのブータ先生がここにいるので不思議に思っていた。
「ね、美和」
ゆり子は、授業中なので、教壇の先生に気づかれないように小声で美和に声をかけた。
「なに?」
「私、前にゆみちゃんに言われたことがあるんだけど、ブータ先生って自分でおしゃべりできるんだって」
「そうなの。うちの一番下の弟も、たまにプラズマンのフィギャア片手におしゃべりしていたりするよ」
「え、そういう意味じゃなくて。あの時、ゆみちゃんにブータ先生がおしゃべりするとか言われたときはそんなはずないとか言ったんだけど、もしかして本当にブータ先生っておしゃべり・・っていうか自分で動くことも出来たりするんじゃないかな」
「はぁ、そうなの・・」
「なんてね!そんなわけないよね、ハハ。ちょっと美和のこと驚かそうと思っただけだよ」
美和が、あまりにおかしなこと言うって表情で自分の方を見ていたので、慌ててゆり子も今の自分の発言を否定してみせた。
「ゆり子、何を言い出すかと思ったよ。ハハ」
「ハハハ」
2人は、しばらく先生に気づかれないように小声で笑いあっていた。
と、そのとき、ゆり子の机の中から便せんセットが床に落ちた。
「あ、懐かしい」
ゆり子は、床に落ちた便せんセットを拾い上げながら、美和に言った。
「覚えてる?」
「ああ、それって去年の夏休みに清里に行ったとき、お土産屋で買ったやつじゃん」
「ぜんぜん、全く使わずに白紙のまま入れっぱなしになっていたよ」
ゆり子は、便せんセットのビニールの中からレターセットを取り出して、何も書かれておらず白紙なのを見てつぶやいた。
「あ、そうだ。なんか良い事考えたよ」
ゆり子は、便せんセットを見ていて、何か思いついたらしかった。
「祥恵。ゆみちゃんのところ行く?」
放課後、ゆり子は祥恵に声をかけた。
「うん。今日は部活無いから、ゆみを迎えに行ってそのまま帰る」
「じゃ、一緒に行こう。私も、ゆみちゃんからブータ先生を受け取らなきゃならないでしょう」
「ああ、うん。ゆり子、ごめんね。ゆみのせいで、ブータ先生持ち帰るとか余計な荷物になってしまって」
「ううん。大丈夫」
ゆり子は、なんか良い事を思いついたんだという表情で答えた。
「ゆみ、帰るよ」
祥恵は、ゆみに会うと声をかけた。
「はーい」
ゆみは、自分の小さなバッグを持って、祥恵と教室を出た。
「ブータ先生は?ゆり子に渡さなくてもいいの?」
「吉祥寺駅まで一緒なんだから、駅に着くまでの間は、ゆみちゃん抱っこにていてもいいよ」
ゆり子が、ゆみに言った。
「ゆみ。ゆり子が優しいお姉ちゃんで良かったね」
祥恵は、ゆみの頭を撫でた。そして、ゆみがブータ先生のことを抱っこして、吉祥寺駅まで歩いて行くと、そこで、ゆみはブータ先生をゆり子に手渡した。
「はい。それではしばらくお預かりします」
ゆり子は、ゆみからブータ先生のことを受け取った。
「で、代わりにブータ先生からゆみちゃんにこれを渡すように言われました」
そう言って、ゆりこは去年の夏に清里で買った便せんセットをゆみに手渡した。
「私じゃないのよ。ブータ先生が渡すようにって私にお告げされたの」
ゆりこは、ゆみに言った。
「便せん・・?」
ゆみは、よくわからずに、ゆり子から便せんを受け取った。
「ほら、ブータ先生が、これから毎日ゆみちゃんに会えなくなるの寂しいんだって。だから、ゆみちゃんから手紙を書いてくれってことみたいよ」
「そうなんだ」
ゆみは、ゆり子に言われて、ゆり子の腕の中にいるブータ先生のことを見た。ブータ先生は、ゆみに向かって大きく頷いていた。もちろん、ブータ先生が頷く姿は、ゆみにしか見えていないのだったが。
「わかった!手紙書くね」
ゆみは、ブータ先生に向かって、便せんを振りながら答えた。
「おお。おいらも返事を書いてやるよ」
ブータ先生は、そうゆみに返事した。
久美子につづく