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45 告別式
ゆみたちは、学校前のバス停にいた。
ここのバス停は、バスの行き止まりで折り返し場になっていた。吉祥寺駅からここまで来たバスは、また折り返して吉祥寺駅まで戻っていくのだった。ここから出発して、武蔵野の方に向かうバスもあった。
ローカル路線バスの乗り継ぎ旅をしている人は、覚えておくとなにかと便利かもしれない。吉祥寺駅から武蔵野方面に乗り継ぎたいときには、乗り継ぎ地点として便利に利用できるかもしれない。
このバス停は、ちょうど明星学園の小中等部の体育館、ゆみがお母さんと入学式のときに参加したところ、お姉ちゃんがいつもバスケ部の練習をしているところだ。そのすぐ目の前にあるバス停だった。
バス停の脇には、雪印牛乳のパン屋さん、お菓子屋さんがあって、生徒たちは、よく体育館前のいつもクローズしている鉄製の門を乗り越えて、買い食いに行っている子が多かった。少食であんまり買い食いをしないゆみは、買い食いに行くことはまだ無かったが、お姉ちゃんの祥恵は、バスケ部の練習が終わった後とかに、皆とよく買い食いに出かけることも多かった。
ゆみたちは、今回は武蔵野の方に行くバスに乗っていくのだ。ここに来るバスは、白地に赤ラインの小田急バスばかりだ。その途中にあるお寺で、かおりの告別式は開かれているのだった。
「ゆみちゃーん!」
バスを待っていると、どこか学校の校舎から、ゆみのことを呼ぶ声がした。
「あ、あそこ」
ゆみが、どこから呼ばれているか気づかないでいると、大友先生が声のする方を指さして教えてくれた。それは、職員室棟の2階、化学室の前のバルコニーから手を振っている麻子だった。
「行ってらしゃい!」
「麻子も実験がんばってね!」
ゆみは、化学室の麻子に向かって返事した。
「え、告別式なのか」
麻子の後ろに立っていた化学の先生が、麻子に聞いた。
「だったら、麻子も行ってきなさい。同じクラスのクラスメートなんだろう」
「ええ。でも、実験が」
「実験は明日の放課後にやればいいから」
「先生の予定は?」
「明日も来るから大丈夫」
先生は、麻子に言った。
「ゆみ!あたしも行けることになったよ」
麻子は、バス停のゆみに向かって声をかけた。そして、職員室棟の階段を駆け降りると、正門を抜けて、バス停で待っているゆみたちのところに走って来た。
「化学の先生が行ってもいいってさ」
「じゃ、一緒に行けるんだ」
ゆみと麻子は、手を取りあって喜んだ。
「あれ、ゆみは告別式は行かないんじゃなかったのか?」
大友先生が、喜んでいる2人の姿を見て、いじわるっぽく聞いた。
「先生のいじわる」
ゆみは、大友先生に言った。
「よし、皆で行こう」
ちょうどそのとき、白地に赤いラインのストライプがはいった小田急バスがやって来て、皆の前に停車した。
「さあ、乗ろう」
大友先生を先頭に皆はバスに乗り込み、一番後ろの座席に陣取った。
「なんか旅行に行くみたい」
ゆみは、学校の皆と並んで、バスの席に座るのが初めてなので嬉しかった。
「そうだよね。ゆみちゃんは清里に行ってないんだものね。皆でバスに乗るの初めてだね」
隣の席に座った麻子が答えた。
バスは、しばらく走ると、かおりの告別式会場のお寺に到着した。お寺の正門には、告別式の看板に大きくかおりの名前が書かれていた。
「大きな看板」
「なんか、自分の名前をあんなに大きく書かれるのかと思うとちょっと恥ずかしいね。いくら死んじゃった後とはいえ」
麻子が大きな看板を見ながら言った。
「大丈夫さ。いくら、かおりって大きく書かれていても、この辺の人は、誰もかおりって誰のことなのか知らないだろうし」
「まあ、確かにそうだね」
麻子は、鳥居に答えた。
お葬式用の黒服を着た大人の人たちがたくさん並んでいる中に、普通に私服を着た子どもの姿がいっぱい在るところがあった。そこが、学校の生徒たちが集まっている場所のようだった。
会場に遅れてやって来たゆみたちだった。告別式は、もう既に始まっていて、学校のお友だちたちが集まっているところは列の前の方だった。その後ろに大人の参列者たちが大勢いた。
「ちょっと皆のいるところには行けそうもないな。後ろから拝ませてもらおう」
大友先生は、そう言って、ゆみや鳥居たちを誘導して、式の後ろのほうの空いているスペースに移動した。
お坊さんがお経をあげ、代わる代わるに参列者たちがお線香をあげたりしていた。遅れてきたので、ゆみたちは後ろの方からそんな参列している人たちの姿をしんみりと見つめていた。そうしているうちに、告別式は終わり、かおりの家族たちの手によって、かおりの遺体が入った棺おけは霊柩車に乗せられ、火葬場へと移動になった。
「生徒たちは、ここでお別れのようだな」
大友先生は、ゆみや鳥居たち皆に式の進行を説明してくれる。かおりのお棺は火葬場に運ばれ、そこで火葬になるのだが火葬に一緒に行くのは家族や親族、身内だけのようだった。
ほかの参列者たちは、ここのお寺で解散となるようだった。
「皆さん、奥にちょっとした軽食を用意しています。お時間のある方は、そちらで食事を召し上がって行ってください」
霊柩車が、かおりと家族たちを乗せて、出て行ってしまうと、後に残った葬儀会社のスタッフたちが参列者に伝えていた。多くの大人の参列者たちは、式の最前列にある写真の前で拝み終わると、そのまま会場を後にして帰宅していた。
「さあ、私たちも写真の前でお参りだけさせてもらったら帰るとするか」
大友先生は、ゆみや鳥居たちに話すと、ゆみたち皆は大友先生についていく。ゆみは、お葬式は初めてだったが、大友先生やほかの皆がやっているのをよく見て覚えておいて、自分の番が来ると、麻子と一緒にお線香をあげてお参りを済ませた。
「さあ、行こうか」
大友先生は、ゆみや鳥居たち、一緒に来た連中がお参りし終わったのを確認すると、皆を引率して会場の表に出ようとしていた。
「あの、かおりさんの学校の皆さんですか?」
葬儀のスタッフの方に、皆を引率している大友先生は声をかけられた。
「生徒の皆さんは、奥でかおりさんの好きだったお料理を準備していますので、ぜひ一緒に食べていってあげてください。かおりさんも、その方が喜びます」
「そうですか。ありがとうございます」
大友先生は、葬儀スタッフの方に答えてから、振り向いて皆の顔を見た。
「せっかくだから、少しだけ寄らせてもらおうか。お腹空いてなければ、かおり君とジュース一杯でも一緒に飲ませてもらいましょう」
大友先生は、ゆみたち皆を連れて、葬儀スタッフに案内された奥の座敷に移動した。