今井ゆみ X IMAIYUMI

多摩美術大学 絵画科日本画専攻 卒業。美大卒業後、広告イベント会社、看板、印刷会社などで勤務しながらMacによるデザイン技術を習得。現在、日本画出身の異色デザイナーとして、日本画家、グラフィック&WEBデザイナーなど多方面でアーティスト活動中。

ソーラン節体操

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「マットを敷いておくように」

湯川あさこは、体育の椎名先生に言われて、体育館にマットを敷いていた。

「あたし、手伝う」

ゆみは、湯川あさこが1人でマットを敷いているのを見て、側に寄ってきた。

「ゆみは大丈夫だから、奥の椅子に座って見ていな」

湯川あさこには手伝いを断られたが、1人でマットを運んでいる湯川あさこが大変そうなので、ゆみは何かお手伝いできることがないか探していた。

「大丈夫だよ。そのうち皆も体操着に着替え終わって出てくるから。そしたら皆にも手伝ってもらうから」

ゆみは、いつも体育の授業は見学なので、着替えの必要が無く先に体育館の中に入っていたが、ほかの生徒たちは、まだ更衣室で体操着に着替え中なのだった。

「うわ、あさこ。早いね。もう着替え終わっていたんだ」

「うん、たまたま前の時間、終わってすぐにこっちに向かったからね」

ほかのクラスの子たちも着替え終わって、体育館に入ってくると、たった1人でマットの準備をしていたあさこの姿を見つけて、慌てて手伝いに走ってきた。男子生徒たちも、左側の男子更衣室から着替え終わって出てきてマット準備の手伝いをする。

体育館一面にマットを敷き終わると、その上に裸足で乗って、上ででんぐり返ったりして準備運動をはじめる生徒たちだった。

「おまえもやりたくないのか?」

「えっ?」

ゆみは、皆のマット運動を見学していると、突然真横で声がして振り向いた。

「ああ、ブータ先生」

「なんか、あの上で転がっているの気持ちよさそうだな」

「そうだね」

「だったら、早く更衣室に行って着替えて来いよ」

ブータ先生は、ゆみに言った。

「だから、あたしは・・」

「何、1人で行くの恥ずかしいなら、おいらが一緒に行ってやるぞ。おいらと一緒に着替えするのは、いつもお風呂入ったり、ベッドでパジャマに着替えたりしているんだから恥ずかしがることないだろう」

ブータ先生は、ゆみの手を引いて女子更衣室に行こうとしながら言った。

「おいらは、別にゆみの裸なんかどうとも思わないから大丈夫だぞ」

「え、あたしだって、別にブータ先生に見られても、なんともないけど」

ゆみは、女子更衣室に連れて行こうとするブータ先生の手を離して言った。

「あたし、体育は見学なの。体育やると、身体弱いから倒れちゃうんだって」

「な、なんと!」

ブータ先生は、両手を広げてめちゃ大げさに驚いてみせた。

「なんと、ゆみの身体はデリケートに出来ておるんじゃ」

「デリケートって・・」

ゆみは、ブータ先生の身体を抱き上げると、自分の膝の上に置いて、椅子に腰掛けた。

「だから、あたしと一緒に、皆が踊っているところを眺めていよう」

ゆみは、ブータ先生に言った。

ピーーー!

椎名先生は、笛を鳴らすと4組の皆を1カ所に集めた。

「いいか。9年の体育の授業は、中等部の集大成ということで去年、8年のときにやったソーラン節、あれをもっと本格的に踊れるようになること」

椎名先生は説明した。

「秋の合唱祭では、ご両親や7年生、8年生あと今年の合唱祭からは、小等部の生徒たちも見学に来ることになっているので、後輩たちに素晴らしい踊りを見せてやってくれ」

「お母さんだけじゃなくて、後輩皆に見られるんだって」

ゆみは、椎名先生の言葉をブータ先生に繰り返した。

「まあ、ゆみは、どうせ踊らないんだから関係ないな」

「そんなことないよ。合唱祭だから、あたしはピアノ弾くんだけど」

ゆみは、ブータ先生に抗議した。

「おお、そうだったな。そうだった。すると、おいらも皆さんの前でピアノの上でソーラン節を踊らなければならなかったんだったな」

ブータ先生は、慌てたように、ゆみの膝の上でソーラン節の踊りを練習し始めた。確かに、去年の合唱祭では、ゆみが弾く黒いピアノの上、ちょうど譜面の上のところでブータ先生もソーラン節の踊りを踊っていたのだった。

「なんか、あの頃より身体がなまっているな」

ブータ先生は、両手をぐるぐると振って、身体をほぐしていた。

「まあ、ブータ先生は踊っても、合唱祭を見に来ている人たちからは、ただピアノの上に飾られているブタのぬいぐるみにしか見えないんだけどね」

ゆみは、ブータ先生が自分の膝の上で、一生懸命身体をほぐしている姿を眺めながら思っていた。

「今年は、和太鼓は誰がやるか?」

椎名先生は、クラスの皆に聞いていた。生徒たちの目は、一斉に岩本のほうを見ていた。

「岩本。おまえの和太鼓は迫力あって良かったぞ。もう1回やるか?」

「あ、はい」

岩本は、椎名先生に褒められて、今年も和太鼓担当になった。

「あとは・・」

「湯川さんが良いと思います」

去年、和太鼓をやりたかったと言っていたのを覚えていたまゆみが、湯川あさこのことを指名した。

「あさこどうだ?」

「私、今年も踊りたいです」

「そうか。それじゃ、ほかに誰か和太鼓をやりたい人?」

椎名先生は、皆の顔を見渡した。

「やりたいって立候補がいなければ、推薦でもいいぞ」

誰も、手を上げない。

「麻子、麻子・・」

ゆみは、椎名先生の前に敷かれたマットの上に皆としゃがんでいる麻子に声をかけた。麻子は、ゆみに向かってううん、ううんと首を横に振っている。

「え、麻子やるか?」

そんな2人の無言の会話に気づいた椎名先生が、麻子に声をかけた。

「え、私ですか?」

「ああ、彼女を推薦しているんだろう?」

椎名先生は、ゆみの方に振り向いて聞いた。ゆみは、黙ってにっこり頷いた。

「とりあえず叩いてみるか」

椎名先生は、太鼓のバチを麻子に手渡す。麻子は、前にでて和太鼓を叩く。

「まあ、良いんじゃないか」

椎名先生に言われ、麻子も、岩本と同じ和太鼓担当になった。和太鼓は全部で3人必要だった。麻子がやるのならばと、まゆみが立候補し、4組の和太鼓は岩本、麻子、まゆみの3人に決まった。

「それで、湯川!」

「はい」

「お前は、皆の踊りをまとめる踊りのリーダーをやりなさい」

湯川あさこが、ソーラン節の踊りのリーダーに決まった。

夏の尾瀬山につづく

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